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飼育下におけるニホンイヌワシの繁殖
発行年・号 | 2000-41-04 |
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文献名 | 飼育下におけるニホンイヌワシの繁殖 (Breeding of the Japanese Golden Eagle,Aquila chrysaetos japonica,in Captivity) |
所属 | 東京都多摩動物公園 |
執筆者 | 小島善則 |
ページ | 124〜133 |
本文 | 飼育下におけるニホンイヌワシの繁殖 小島善則 東京都多摩動物公園 Breeding of the Japanese Golden Eagle,Aquila chrysaetos japonica,in Captivity Yoshinori Kojima Tama Zoological Park,Tokyo ニホンイヌワシAquila chrysaetos japonicaは,日本および朝鮮半島に分布する亜種で(Brown and Amadon,1968),国内では160つがいが確認されており,近年繁殖成功率の低下が報告されている(日本イヌワシ研究会,1997).当園では,1998年および1999年に2つのペアが2年連続で繁殖に成功し,ひとつのペアでは,連続で2羽の雛が成育している.日本では野生で2羽巣立つことは少なく3例の確認があるのみで(日本イヌワシ研究会,1997),飼育下でも初めてである.そこで2つがいの繁殖までの経過,2羽の雛を育てたペアの抱卵状況および雛の闘争について報告する. 材料および方法 繁殖供試個体 繁殖に用いた個体は,1984年に東京都青梅市で保護された雄:No.010,1993年に秋田県田沢湖町で保護された雌:No.012(1996年秋田市大森山動物園より来園),1977年に新潟県南蒲原郡で保護された雄:No.015および1981年に同県長岡市で保護された雌:No.016(いずれも1996年新潟県愛鳥センターより来園)の4羽である(Table 1).飼育環境 施設Aは,幅15m,奥行き18m,高さ8mの大きさで,巣台は,高さ3m,サイズは2m×2mである.ケージ内には,巣内の状況を映す監視カメラを設置している(Fig.1). 施設Bは,幅12.5m,奥行き24.0m,高さ6.3mの大きさで,巣台は,4.0mの高さで,サイズは2.8m×2.0mである(Fig.2). 巣には,いずれも太陽光が入り,なおかつ雨が直接入りこまないように屋根を取り付け,巣に接する2面を板で囲った.また,直接巣が見えないように,ケージの一部を寒冷紗(遮光率80~85%)で覆った. 餌 餌は通常,馬肉,鶏頭およびラットを与え,繁殖期にはラット中心に切り替えた.育難期には徐々に馬肉,鶏頭を増やした.給餌量は,基本的には1羽200~400g/日で,イヌワシの状態と残餌をみて調節した.育離期には,常時餌が残っているように調節した. 観察方法 繁殖期の猛禽類は警戒心が強く神経質である.特にニホンイヌワシでは顕著で,飼育係の観察が,繁殖行動に影響を与えてしまう.そこで,施設Aにおいては,監視カメラを設置し,巣内の様子を記録して観察した.また,施設Bにおいては,私服に着替えて観覧者になりすまし,およそ85m離れた丘の上より望遠鏡で観察した. また,1998年の雄:No.010×雌:No.012ペアを対象として雌雄の抱卵の割合および第1雛と第2雛の闘争について調査した.調査は,監視カメラからの映像をビデオテープに記録して行った.調査期間は1998年の2月18日から4月16日まで,記録時間は午前6時から午後6時までの12時間とした Table 1 Collecting Records of Japanese golden eagles at Tama Zoological Park. Fig. 1 Plan of breeding Facility A and Aviary for reptorial birds . Fig. 2 Plan of the breeding Facility B 結 果 ペアリング 1996年4月30日より,4羽をドーム型の猛禽舎フライングケージ(Fig.1)で同居させた.11月には4羽すべてに樹木の枝折り行動がみられた.12月には2羽の雄がそれぞれ別の場所に巣材を運ぶ行動があった.雄:No.015と雌:No.016は同じコナラの木で枝折り行動がみられ,雄:No.010は雌:No.012に関心を示す行動を示した.捕獲によるストレスが繁殖に悪影響を及ぼすこと,新しい環境に慣れる時間が必要なことを考えると繁殖期前にペアを分けたいところであったが,ペアを見極めるために営巣期に入っても観察を続けた.しかしそれは同時に攻撃し合う危険性も伴い,さらに野生では早いもので1月から産卵期に入るため(立花,1984),1997年1月6日に雄:No.015と雌:No.016を施設Bに移動し,2つのペアに分けた.雄:No.010と雌:No.012をフライングケージに残したのは,雄:No.010がこのケージのできた1985年からいて,この場所に慣れており,過去に別の雌と繁殖行動を経験しているためである. 雄:N0.010×雌:No.012ペアの繁殖 フライングケージに残した雄:No.010は,1997年の1月に入ると,以前営巣したトウカエデの木に巣材を運ぶ行動を見せ始めた.巣材は,松,コナラ,トウカエデなどで,あらかじめ地面に用意したもの,もしくは自分で枝を折ったものを運んだ.しかし,1月26日になると,コナラの木にあるダルマワシの巣に巣材を運び始めた.雌:No.012に対する追尾行動も見られた.1月28日に交尾が観察され,雄:No.010が18分間巣に伏せる行動があった.4歳になる雌:No.012は2月14日に抱卵姿勢に入り,19日に2卵を確認したが1卵は破卵しかけており,翌日20日には2卵ともなくなっていた.2月18日から3月11日に6回の交尾を確認し,3月15日に2クラッチ目を産卵した.その後2卵目を産卵して抱卵を続け,4月25日に1羽が孵化したが,6月12日に肺炎で死亡した.48日齢であった.巣は梅雨による雨で巣材全体が濡れていた. フライングケージにはまだ他に営巣場所があり,このまま来シーズンの繁殖を目指すという選択肢もあったが,11月4日にペアを繁殖用に改良した施設Aに移動した.施設Aを繁殖用に使用するため,既存の擬岩に巣台を設置し,屋根を付け,巣台に接する側面を板で囲い,観覧者の視線を遮断するための寒冷紗を張り,監視カメラを設置した,移動するにあたり,長年この環境に慣れている雄:No.010を狭い空間へ移すこと,警戒心の一番強い雌:No.012を捕獲により一層神経過敏な個体にしてしまうことにより,繁殖が止まる可能性も考えられた.しかし,屋根を付けられること,人から巣を見えなくできること,監視カメラによりイヌワシの行動に影響を与えずに観察できること,またイヌワシを繁殖させるために施設Aに移していたオジロワシ,ハクトウワシ,オオワシなど多数をフライングケージに戻すことにより展示効果を高められることを考慮して移動にふみきった. 巣には,あらかじめトウネズミモチの枝を少量置き,その後,巣材として松およびサワラなどをケージ内に入れた. 1998年の1月に巣材運びが頻繁になり,2月18日,21日に産卵を確認し,それぞれ3月31日,4月3日に孵化した.2羽の雛は闘争があったものの順調に成育し,6月13日,15日に巣立った.9月13日には,雄の巣材運びが観察された.幼鳥2羽は,11月30日に捕獲して,親鳥と分けた. 翌シーズンは,1999年1月末には巣が完成し,2月4日に交尾を確認した.2月6日,10日の夕方にそれぞれ産卵し,3月20日,23日に孵化した.雛は5月30日,6月4日にそれぞれ巣立った.雄:No.015と雌:NO.016ペアの繁殖1997年は,3月に2回交尾を確認しただけで巣材運びなどはみられず,その後変化はなかった. 雄:No.015と雌:No.016は,捕獲による影響か,新しい環境に慣れないためか,警戒心が強くなり,飼育係がケージに入ると,勢いよく飛んで反対側のケージ金網にぶつかってしまうようになった.そのために,給餌後はすぐ退舎し,刺激しないようにしていたが,止まり木に適する樹木がほとんどなかったこともあり,巣台からほとんど動かずに運動量が減っていき,体つきもずんぐりしてきた.そこで,11月に巣と反対側のケージ西側に止まり木を2箇所取り付けたが,全く認識せず同じようにケージ金網にぶつかっていた.施設Bの巣台は西側正面からは直接見えてしまうので,巣台を丸太で囲い,巣内で抱卵姿勢に入れば,見えなくなるようにした.さらに巣周辺につけた寒冷紗は遮光率60%で効果が少ないため,80~85%のものに取り替えて,巣が直接見えないように西側にも取り付けた.この作業を巣台側で静かに続けることで,イヌワシを,反対側の止まり木に避難させ,止まり木を認識させるようにした.餌も絞って休餌日を設け,動きを活発にさせた.休餌日は寒冷紗を張り始めた11月から1月までの期間に1日おき,もしくは不定期に設け,給餌量はペアの状態を見ながら調節した.巣には,営巣しない場合に備えて,松,サワラおよび乾草を載せておいた. . 1998年の1月になると,雌:No.016が鳴き始め,雄:No.015とともに巣内に入り,巣材の枝を動かす行動がみられるようになった.2月には雄雌ともに,飼育係に対して威嚇飛行をし,新たにつけた止まり木に飛んできて,止まり木を脚でつかむしぐさがみられるようになった.2月13日に交尾を確認し,2月18日から21日頃に,雌:No.016が17歳にして初めて産卵した.2卵のうちの1卵が4月3日に孵化した.残る1卵は孵化しておらず,その後卵はなくなったので無精卵か中止卵かは不明である.雛は6月18日に巣立ちした.幼鳥は,11月30日に親鳥と分けた. 1999年は,1月24日,2月3日,6日の計3回交尾を確認した.2月7日,11日に産卵し,3月23日,25日にそれぞれ孵化したが,2羽目の雛は4月4日より行方不明になった.1羽目の雛は,6月6日に巣立った(Table2). 雄:No.015×雌:No.016ペアの産卵前の巣材運びは確認していないが,抱卵中に雄雌が,枯れ草や細枝を運搬するのを確認した.雄:No.010が,用意した巣材のみならず,頻繁に自分でも樹木の枝を折って運んでくるのに比べると,対照的である. 飼育係の姿を見つけると,抱卵中でも巣を離れて止まり木へ飛んできて,脚で止まり木をつかむ行動がみられた.これは,飼育係に対する攻撃の転嫁行動と思われる.特に雌において顕著に見られ,雛の巣立ち後もこの行動が続くようになった.攻撃性の増加は,猛禽の繁殖においては良い兆候であり,繁殖成否の目安になると思われる. 産卵の間隔 第1卵から第2期までの産卵間隔は,1998年の雄:No.010×雌:No.012ペアでは,ビデオ記録による時間計算で,3日+11時間45分から3日+23時間45分後に第2卵を産卵しており,1999年では,3日+23時間22分後に産卵している. 同年の雄:No.015と雌:No.016ペアは日数計算で4日後であった. 抱卵状況 抱卵は雌中心に行われ,雄が補助的に交代した.雄:No.010×雌:No.012ペアの日中(午前6時~午後6時)の抱卵の割合はFig.3のとおりである,抱卵期間全体では,雌88%,雄8%,巣を空ける時間が4%であった.第1卵を産卵してから第2卵産卵までは,雌70%で,雄8%,巣を空けるのが22%で,第2卵産卵までは,雌が完全な抱卵状態になっていないことがうかがわれる.その後,雌88%,雄9%,雄雌不在が3%と,完全な抱卵状態に入った.第1卵孵化後は,雌95%,雄0%,雌雄不在が1%となり,これに雌の給餌行動4%が加わった.第2卵は雌のみが抱卵し,ほとんど巣を空けなくなった. 雄の1日の抱卵時間は0分から165分で平均58.5分/日であった.第1雛孵化前日の3月30日は4分と少なくなり,第1雛孵化後は抱卵がみられなかった.1日の抱卵回数は0回~7回で,平均3.2回/日であった.1回の雄の抱卵時間は,最短1分,最長139分で,平均16.9分/回であった(Fig.4). 巣を空ける時間が最も長かったのは,第2卵産卵前の2月19日で,95分間であった.第2卵産卵後は長くても14分であった. ニホンイヌワシは交尾中に独特の鳴き声を出すが,抱卵期間にも,この交尾時に発する声が記録されていた.交尾の声は,計37回記録されており,いずれも雄雌ともに巣を離れた時に聞かれ,雌から雄への交代時が21回,雌の休息時が15回,雄から雌への交代時が1回であった. 抱卵日数(孵化日数) 雄:No.010×雌:No.012ペアに関しては,ビデオ記録によると,午前6時には孵化しており,孵化前日の午後6時の時点で卵はいずれもまだ嘴打ち状態であった.そこで午後6時から翌朝6時は考慮せず,午前6時を孵化として計算した.雄:No.015×雌:No.016ペアに関しては,日付のみによって計算した.1998年の雄:No.010×雌:No.012ペアは,第1卵が41日から41日+12時間で,第2卵が40日+12時間であった.1999年は,第1卵が41日+12時間,第2卵が40日+12時間で,2年連続でほぼ同じであった. 同年の雄:No.015と雌:No.016ペアは,第1卵が44日で,第2卵が42日であり,雄:No.010×雌:No.012ペアとは異なり,孵化日数が長かった.いずれも第1卵よりも第2卵の方が短い日数で孵化している. 第1雛と第2雛の闘争 1998年,第2雛が孵化した4月3日から4月16日までの2週間を調べてみると(Fig.5),第2雛が誕生した4月3日から第1雛の攻撃のしぐさがみられ,第2雛への攻撃が最も激しかったのは,4月5日および6日であった.4月7日から9日は,第1雛の攻撃を受けると,第2雛は反撃せずにすぐに伏せるようになったため,多くの攻撃を受けなかった.一方第2雛からの攻撃もあり,特に後半に増えている.この時すでに離の大きさにはかなりの差があり,第1雛はあまり第2雛を相手にしておらず,2羽の闘争も軽くなっていった. なお,育雛に関してはいずれ第2報として報告したい. 巣立ち日数 1998年の雄No.010×雌No.012ペアは,第1雛が76日,第2雛が71日で,1999年は,第1雛が71日で第2雛が73日であった.一方,雄No.015×雌No.016ペアは,1998年の雛が76日で,1999年の雛は75日であった. Table 2 The breeding records for the Japanese golden eagle at Tama Zoological Park * These Eggs were lost on 20 Feb.1997. ** The chick died on 12 Jun,1997. *** Which egg hatched is unknown. Fig. 3 The parental part during the incubation period in 1998.The behaviour was recorded by VTR from 6:00 to 18:00 during the incubation. Ⅰ.between the layings of 1st egg and 2nd egg,Feb.18-Feb.21 Ⅱ.after the 2nd egg was laid,Feb.22-Mar.30 Ⅲ.after the 1st egg hatched,Mar.31-Apr.2 Total.total incubation period,Feb.18-Apr.2 □♀ □♂□vacancy □feeding Fig.4 Sitings by male in 1998 number of sittings/day average time/sitting Number of aggressive behaviours per day Fig.5 Aggressive behaviour of chicks in 1998 ■by the 1st chick ■by the 2nd chick ■by both 考 察 2ペアの繁殖に関して(性成熟について) 離は死亡したものの,1997年の雄:No.010×雌:No.012ペアの繁殖により,雌は4歳で性成熟に達していることが確かめられた.また,風間・修理(1982)は,雄:No.015が,保護された新潟県の鳥舎において,4歳になる1981年の1月末から人に対する擬似交尾を始めたことから,イヌワシは4歳で繁殖可能になると推定している.この雄:No.015と雌:No.012の例から,ニホンイヌワシの性成熟は,雌雄共に,4歳と考えられる. 産卵間隔について 雄:No.010×雌:No.012ペアの1998年の第1卵は,2月18日の午前6時にはすでに産卵しており,第2卵は2月21日の午後5時45分頃産卵した.第1卵がビデオ記録をしていない午後6時から翌朝6時までの間に産卵されていた場合を考慮して,産卵間隔は最短で3日+11時間45分,最長で3日+23時間45分とした. 1999年の第1卵は午後5時23分頃,第2卵は午後4時45分頃産卵しており,3日+23時間22分と特定できた. 1999年の雄No.015×雌No.016ペアについては,ビデオ記録をしていないため,時間は考慮せず日付による計算で4日とした. 野外の調査では96時間(4日間)という報告があり(青山ほか,1988),1998年の産卵間隔を最長の方と考れば,野外とほぼ同じ結果となる. 抱卵状況について 雄は雌の抱卵中に巣材を運んで交代の意志を示し,雌と交代するが,雌がそのまま抱卵を続けることもある.その場合,雄は巣を離れる.また雌は,雄が来なくても巣を離れ,これにより雄は交代にくる.雄は,雌が戻るまでは抱卵を続け,雌が巣に戻ると交代する.雄がなかなか立たない時は,雌は巣内の巣材をくわえるか,雄の体に嘴を触れて合図し,交代を促す,以上の事から,雄も交代の意志を示すものの,交代はおおむね雌主導型であると考えられる.イヌワシの貯精能を考える一つの指標として,第1卵産卵後から第2卵産卵までに交尾をするかどうかに注目して調査したところ,抱卵期間中にも交尾の声が記録されていた.実際に3月11日の午前8時20分に交尾を確認しており,ビデオ記録の交尾の声と時間が一致していた.交代時の儀式的な意味合いかとも思われたが,雌の休息時も含まれているので,その意味するところは不明である.アメリカのトペカ動物園のイヌワシAquila chrysaetos canadersisでは,抱卵期だけでなく孵化後数週間交尾が観察されている(Kish,1972). 抱卵日数(孵化日数)について 第1卵の抱卵日数が第2卵よりも長いのは,第2卵を産卵するまで,雌が完全な抱卵状態に入らないことが影響していると考えられる.このことは野外においても報告されており,北上山地のニホンイヌワシの例では2卵目が1卵目よりも約1日短くなっている(青山ほか,1988). 雄:No.010×雌:No.012ペアの第2卵は,41日要しておらず,ニホンイヌワシの抱卵日数としては短い例と思われる. 第1雛と第2雛の闘争について 餌が十分でありながら闘争が起こったこと,第2雛からの攻撃行動がみられたことから考えると,先に生まれようが,後から生まれようが,攻撃行動は先天的な行動ではないかと推察できる.そして成鳥でもみられるように,空腹感がより攻撃行動を強めるのではないかと思われる. イヌワシでみられるような兄弟殺しに関しては,もともと1卵はもう1卵に異常があった場合の保険であるという保険説(Ingram,1959;Dorward,1962)で説明されている.飼育下では雄:No.010×雌:No.012ペアが2羽育てており,野生でも2羽育つことがあるので,もともと1羽でよいかどうかは疑問が残るが,雛の攻撃行動が今回考察したように先天的なものならば,孵化日のずれにより生じる雛の大きさの差すなわち優劣(強弱)と,先天的な攻撃行動が,餌不足の場合に1羽を確実に育てさせるしくみになっていると考えられる.そして餌が豊富な時には,雛の満腹感が攻撃の度合いを弱めて,2羽とも育つのではなかろうか,また,攻撃は,雛が互いに頭を上げた時におこる傾向があるので,これが攻撃の鍵刺激になっているのかもしれない,雛の闘争が始まると,雌:No.012は給餌をやめて抱雛する行動がみられたが,これが闘争を止めるための行動であるかは断定できない. 雄:No.010×雌:No.012ペアでは,2年連続で2羽の雛が育っているが,1999年の雄:No.015×雌:No.016ペアでは,第2雛は育たなかった.第2雛は4月3日まで生存を確認している.4月4日の朝,ペアが興奮しており,雌から雄への攻撃行動もみられた.これ以降第2雛の姿を確認できなくなったので,おそらくこのとき死亡していたと思われる.第2雛は,第1雛から強い攻撃を受けていた.また,施設B付近において工事が行われており,親鳥が工事の終了する夕方まで巣に餌を運ばなかったのは警戒心によるものだった可能性も残されており,それが給餌の遅れ,雛自身への餌不足あるいは空腹感の増大による第2雛への攻撃行動へとつながったとも考えられる.したがって,このペアが第2雛を育てられるかどうかの判定は,飼育環境の条件の良い時の結果を見る必要がある. 巣立ちについて 繁殖した6羽の幼鳥は71日から76日の間に巣立ちをした.野外では,70日から94日で平均77.9日という報告があり(日本イヌワシ研究会,1997),飼育下でもこの範囲内であった. 要 約 1996年4月よりニホンイヌワシ雄2羽,雌2羽を猛禽舎フライングケージで同居させてペアリングを実施し,1997年1月に雄:No.015×雌:No.016ペアを繁殖用施設Bに移動した.フライングケージに残した雄:No.010×雌:No.012ペアの2クラッチ目の1卵が孵化したが,雛は48日齢で死亡した.その後,繁殖用に改良した施設Aに移し,1998年と1999年の2年連続で繁殖に成功した.いずれも2羽の雛が巣立った.一方施設Bに移した雄:No.015×雌:No.016ペアは,1998年と1999年の2年連続で1羽の繁殖に成功した. 産卵時期は,1997年の2クラッチ目を除けば,いずれも2月であった.産卵数はいずれも2個であり,産卵間隔はおおむね4日(中3日)であった.抱卵日数は,40日から44日で2つのペアで異なり,またいずれのペアも第1卵の方が,第2卵よりも長い日数であった.抱卵は雌が中心で,1998年の雄:No.010×雌:No.012ペアでは,雌が日中88%抱卵し,第2卵産卵までは抱卵の割合がやや低かった. 飼育下でも第1雛と第2雛の闘争がみられ,第2雛からの攻撃も観察された.繁殖した幼鳥6羽は,71日から76日の間に巣立ちした. 引用文献 青山一郎,関山房兵,小原徳応,田村 剛,坂口 斉(1988):北上山地におけるニホンイヌワシの繁殖行動,Aquila chrysaetos,6:14-23. Brown,L.H.and Amadon,D.(1968):Eagles,Hawks & Falcons of the World.945 pp:Country Life Books,London. Doword,D.F.(1962):Comparative biology of the white booby and the brown booby Sula spp.at Ascersion.Ibis,103:174-220. Ingram,C.(1959):The importance of juvenile cannibalism in the breeding biology of cer tain birds of prey. Auk,76:218-226. 風間辰夫,修理総一郎(1982):イヌワシの生態に関する知見と人工飼育について,応用鳥学集報 2:79-81. Kish,F.(1972):First breeding by American golden eagles at Topeka Zoo.International Zoo Yearbook,12:136-138. 日本イヌワシ研究会(1997):全国イヌワシ生息数・繁殖成功率調査報告(1981-1995).Aquila chrysaetos,13:1-8. 立花繁信(1984):翁倉山のイヌワシ,137pp.宮城県文化財保護協会, 宮城. SUMMARY In April,1996,two males and two females of the Japanese golden eagle Aquila chrysaetos japonica were housed together in the aviary for pairing. In January,1997,when two pairs were being formed,the pair of male #15 and female #16 were moved to Facility B for breeding.Regarding the other pair of male #10 and female #12,who still remained in the aviary,frequent nidificating acts were observed in January.In February,they laid two eggs,but they were broken.In March,they laid the second clutch of eggs,one of which hatched,but the chick survived only 48 days.Since the layer was a four-year-old,this confirmed that females of this species can reach maturity at that age. After that,the latter pair were moved to Facility A,which had been improved for breeding,and they successfully reared four young:two in 1998,and two in 1999 to grow into fledglings.Also the former pair which had been moved to Facility B successfully brought up two young:one in 1998,and one in 1999. Each laying season was in February, except the second clutch in 1997. The number of eggs was two each time,and the interval of layings was generally four days.The incubation period is 40 to 44 days,which was varied between the two pairs.Both pairs incubated the first egg longer than the second.Females mainly incubated the eggs:in the case of the pair of #10 and #12 in 1998, the female incubated the eggs for 88% of the day time.The ratios slightly declined during the period just before the second laying. While in captivity,the struggles between the first chick and the second were observed,together with the second chick's attacks against the first.Six young grew into fledglings in 71 to 76 days time. 〔1999年11月18日受付,2000年3月23日受理〕 |