動物園水族館雑誌文献
- HOME
- 動物園水族館雑誌文献検索
- 塩酸エトルフィン(M99®)によるアフリカゾウの不動化について
塩酸エトルフィン(M99®)によるアフリカゾウの不動化について
発行年・号 | 1996-37-0304 |
---|---|
文献名 | 塩酸エトルフィン(M99®)によるアフリカゾウの不動化について (Immobilization of African Elephant,Loxodonta africana,with Etorphine Hydrochloride (M99®)) |
所属 | 東京都多摩動物公園 |
執筆者 | 矢部知子・田坂清・七里茂美・橋崎文隆・平松廣・祖谷勝紀・齋藤 勝 |
ページ | 92〜98 |
本文 | 塩酸エトルフィン(M99®)によるアフリカゾウの不動化について 矢部知子*1・田坂 清・七里茂美*2・橋崎文隆*2・平松 廣*1・祖谷勝紀・齋藤 勝 (東京都多摩動物公園) Immobilization of African Elephant,Loxodonta africana,with Etorphine Hydrochloride (M99®) Tomoko Yabe,Kiyoshi Tasaka,Shigemi Shichiri,Fumitaka Hashizaki,Hiroshi Hiramatsu,Katsunori Sotani and Masaru Saito (Tama Zoological Park,Tokyo) 塩酸エトルフィン(1998)は,中型・大型草食動物に有効な不動化薬であるが,この薬剤は,現在,日本においては麻薬及び向精神薬取締法により麻薬研究者のみが使用できるものである.1989年より,中型・大型草食動物の不動化法を確立する目的で,仙台市八木山動物公園,東京都恩賜上野動物園,東京都多摩動物公園,横浜市立金沢動物園,名古屋市東山総合公園事務局東山動物園,および大阪市天王寺動物園の6園がプロジェクトチームを組み,麻薬研究者として許可を受けて共同研究を行ってきた.この中で,多摩動物公園では,1990年から1992年の間に,同一個体である雌のアフリカゾウに合計4回の不動化実験を行ったので,その経過を報告する. 材料及び方法 供試動物 供試動物は,1965年生まれの雌のアフリカゾウ(愛称マコ)で,体重は4200kg(1990年測定)である.左右の両牙が折損後に伸長し,上唇に突き刺さって化膿を生じていた.その他の一般状態は良好であった. 使用薬剤 0.1%塩酸エトルフィン(M99®)(以下エトルフィンと略記) 4%アザペロン(ストレスニル®三共) 0.2%塩酸ディプレノルフィン(M50-508)(以下ディプレノルフィンと略記) 投与量 エトルフィン 4-6mg(総量以下同じ) アザペロン 200mg ディプレノルフィン 8-12mg 投与方法 原則として,エトルフィン投与の約10-20分前にアザペロンを投与した.ただし,1例はアザペロンの一部をエトルフィンと混合して投与した.エトルフィンおよびアザペロンは吹き矢(5㎖注射筒,14G針)を使用し,臀部あるいは肩部や上腕部の筋肉内に投与し,ディプレノルフィンは耳静脈内に投与した.1例のみ,ディプレノルフィンを筋肉内に投与した. 現所属:*1東京都井の頭自然文化園, *2東京都恩賜上野動物園 成 績 不動化経過 実施年月日,使用薬剤と投与量,投与方法等を表1に,エトルフィン投与後の不動化経過と発現時間を表2に示した. 第1回目は,アザペロンを200mg,エトルフィンを4gとしたところ,31分で腹臥となり,良好な不動化を得た.第2回目は,1回目と同様の薬用量を設定して開始したが,完全な不動化が得られなかったため,エトルフィンをさらに1/2量の2mgを追加した.しかし,結局不動化を得ることなく,ディプレノルフィンを筋肉内に投与することとなった.第3回目は,アザペロンを200mg,エトルフィンを5gとし,良好な不動化を得た.第4回目も3回目と同様の薬用量で実施し,起立位のままではあったが,不動化効果は良好であった. 効果発現は4例中3例で,まず鼻下垂が現れ,その後,静止状態→陰部下垂→重心の後躯への移動→不動化という経過をたどった.1例は陰部下垂→鼻下垂の順で発現した.エトルフィン投与後31分-47分で2例は腹臥,1例は起立位での不動化であった.覚醒についてはディプレノルフィン投与後3-7分で起立したが,鎮静状態は1-3時間続いた. 副作用としては,座位姿勢による脚の痺れ,流延,食欲不振が認められた. 表1 実施年月日および使用薬剤等 略語AZ:アザペロン M99:エトルフィン M50-50:ディプレノルフィン im:筋肉注射(吹き矢) iv:静脈注射 表2 エトルフィン投与後の経過および発現時間 検査 体温は36.7-36.9℃,心拍数は40-47/分,呼吸数は5-8回/分の間での変動がみられた.体温は1例,心拍数,呼吸数は2例の成績からであるが,心拍数にやや減少傾向が見られたほかは,体温,呼吸数ともほぼ安定していた. 経時的に採血を行ったのは2例で,その血液学的検査結果を表3,4に,血清生化学的検査結果を表5,6に示した.赤血球数,血色素量,白血球数の減少傾向,及びGOT,GPT,ALP,CPK,総コレステロールの減少傾向が見られた.また,血清グルコースの増加傾向が見られた. 血清蛋白分画は表7,8に示した.総蛋白に減少傾向が見られたが,A/G比に特に変化は見られなかった. 図1 効果が発現し,重心が後幅に移動した状態,床に畳を敷く 図2 腹臥姿勢で不動化,目隠しを施す. 図3 M50-50投与後,数分でスムーズに起立. 考 察 アフリカゾウの不動化に対するエトルフィンの投与量は,4-8mg/頭7)あるいは1mg/600kg 5),また,アザペロンは0.11-0.15mg/kg2)あるいは0.07-0.12mg/kg投与すると深い鎮静が得られるとの報告がある.ディプレノルフィンの投与量は,エトルフィン1gに対して2mg 1)が良いと報告されている これらをもとに投与量を決定し,4回の実験を行ったが,アザペロン200mg,エトルフィン5gで充分に不動化が得られるものと考えられた,第2回目に不動化が得られなかった原因については,周囲の複数の人の動きや音,さらにはカメラのフラッシュが刺激となり,効果を妨げたものと推測された. 静かな環境を整えれば,不動化効果が得られた可能性があると判断されたため,第3回目は極力雑音や光の刺激を排除して実施し,良好な結果を得た.ディプレノルフィンの投与量については,エトルフィンの2倍量で充分な効果を得られると考える.心拍数についてはやや減少したものの,体温,呼吸はほぼ安定しており,特に問題はないものと思われた. 血液学的検査では,赤血球数,血色素量の減少傾向が見られたのは,成島ら3.4)がインドゾウにおいて行ったフェンタニールおよびエトルフィンによる不動化実験結果と一致している. 血液生化学検査における血清グルコースの増加も,成島ら3,4)の実験結果と一致していたが,その他の血液生化学検査値および血清蛋白の分画の変動は,必ずしも一致した結果ではなかった.これが,アフリカゾウとインドゾウの違いによるものか,個体によるものかは明らかでないが,今後実験を重ねて検討したい. 表3-1 エトルフィン投与後の血液検査値(90.11.13) 表3-2 エトルフィン投与後の血液検査値(92.7.13) 表4-1 エトルフィン投与後の血液生化学検査値(90.11.13) 表4-2 エトルフィン投与後の血液生化学検査値(92.7.13) 表5-1 エトルフィン投与後の血清タンパクの変動(90.11.13) 表5-2 エトルフィン投与後の血清タンパクの変動(92.7.13) 要 約 同一個体のアフリカゾウにエトルフィンとアザペロンを投与しての不動化実験を4回行った.この個体は1965年生まれの雌で,体重4200kgである.アザペロンをエトルフィン投与の8-20分前に200mg投与し,エトルフィンは4-6g使用した.4例中1例では不動化が得られなかったが,3例では良好な不動化を得た.不動化が得られなかった1例も,効果が充分に発現するまで個体を刺激するような要因を排除する等,環境を整えれば不動化は得られたと考えられる.拮抗剤のディプレノルフィンはエトルフィン1gに対し2g投与したが,3-7分で速やかに起立に至った.副作用として,不動化中の姿勢によっては脚の痺れが見られたことから,腹臥や座位での不動化は注意を要する. 血液検査では赤血球数,血色素量の減少,血清グルコースの増加が見られた.これは,インドゾウにおける不動化実験結果と一致していた. 謝 辞 塩酸エトルフィンの入手に際し,御配慮いただいた厚生省薬務局麻薬課,農林水産省畜産局衛生課,東京都衛生局薬務部薬務課,三共株式会社医薬業務部麻薬課の皆様に深く感謝いたします. 引用文献 1) Alford,B.T.,Burkhart,R.L.and Jhonson,W.P(1974):Etorphine and diprenorphine as immobilizing and reversing agents in captive and free-ranging mammals.J.A.V.M. A.,164(7):702-705. 2) Ashton, D.G.(1980):Sedation and anaesthesia.In Scientific Report 1977-1979,J.Zool.,Lond.190:516. 3) 成島悦雄,橋崎文隆,河野典子,田代和治,中川志郎,竹内 啓,大橋文人, 三浦 昇(1981):フェンタニールとアザペロンによる大型有蹄類の不動化について(2) インドゾウ,動水誌,23(4):93-98. 4) 成島悦雄,橋崎文隆,河野典子,田辺興記,中川志郎(1984):塩酸エトルフィン(M99®) によるインドゾウの不動化.動水誌,26(2): 33-37. 5 ) Schmidt,M.(1978):Elephants.In Zoo and wild animal medicine:709-752,Fowler,M.E.(ed),W.B.Saunders Company,Philadelphia,London,Toronto. 6 ) Silverman,M.S.(1977):Tranquilization of the african elephant (Loxodonta africana Blumenbach) with the neuroleptic azaperon (R1929),J.Zoo Anim. Med.,8(4):7-8. 7) Wallach,J.D.,Boever,W.J.(1983):Diseases of exotic animals.1159pp.W.B.Saunders Company,Philadelphia,London,Toronto,Mexico City,Rio de Janeiro,Sydney,Tokyo. 〔1995年5月31日受付,1995年12月14日受理〕 |