動物園水族館雑誌文献

飼育下における雌ニシローランドゴリラの発情行動と尿中ホルモンの動態

発行年・号 1994-35-04
文献名 飼育下における雌ニシローランドゴリラの発情行動と尿中ホルモンの動態 (Sexual Presenting Behavior and Urinary Estrogen, Pregnanediol-3-glucuronide and LH Concentration Variations during the Menstrual Cycle of the Captive Female Lowland Gorilla,Gorilla gorilla gorilla)
所属 仙台市八木山動物公園
執筆者 阿部敏計・児玉敏雄・鈴木文雄・早坂正美・小野正浩・亀田由香里・加藤博企
ページ 118〜127
本文 飼育下における雌ニシローランドゴリラの発情行動と尿中ホルモンの動態

阿部敏計・児玉敏雄・鈴木文雄・早坂正美・小野正浩・
亀田由香里・加藤博企(仙台市八木山動物公園)

Sexual Presenting Behavior and Urinary Estrogen,
Pregnanediol-3-glucuronide and LH Concentration
Variations during the Menstrual Cycle of the Captive Female
Lowland Gorilla,Gorilla gorilla gorilla

Toshikazu Abe,Toshio Kodama,Fumio Suzuki,Masami Hayasaka,
Masahiro Ono,Yukari Kameda,Hiroki Kato
(Yagiyama Zoological Park,Sendai)

雌のニシローランドゴリラ(Gorila gorilla gorilla)は飼育下において,発情期に性行動,いわゆる性的なプレゼンティング行動を発現し,外部生殖器にも変化が現れると報告されている8)10).しかし,この発情行動についての詳細な報告は知る限りにおいて無い.また,尿中あるいは血中ホルモンの動態と月経周期や陰唇の腫張との関係についての報告は多いが,発情行動との関係は殆ど明らかにされていない2)3)5)6)7)9)11)12)13).
当園では1971年以来,ニシローランドゴリラ1ペアを飼育展示中である.2頭は既に性成熟に達しているにもかかわらず,未だ繁殖に成功していない,そこで,まず,雌の繁殖生理上の諸変化を明らかにする目的で調査研究を実施した.その結果,当園の雌のニシローランドゴリラが明らかな発情行動を発現することが分かり,この行動を詳細に記録することが出来た.更に,尿中ホルモンの動態とこの行動との関係も詳細に調べることが出来,そこから,幾つかの知見を得たので以下に報告する.

材料と方法

当園で1971年以来,雄一頭(推定年令24歳)と一緒に飼育展示している雌のニシローランドゴリラ(愛称:ローラ,推定年令23歳)を本調査の供試動物とした.供試動物の日常管理は,朝,雄と別々に別れている寝室で牛乳を飲ませ,その後屋外で2頭で過ごさせ,夕食時に再び隔離飼養した.
行動觀察方法
午前8時頃に約15分間,寝室で艦越しに行動を観察した.
行動觀察期間
1990年3月31日より1993年5月22日迄(総観察時間数は約7800分間であった.)
月経周期と尿中ホルモンの測定方法
尿は寝室の床が排水溝側に傾斜していて,寝室での排尿が寝室外の排水溝に集まるので,そこに午後4時30分から翌日の午前8時30分まで容器を置いて採取した.月経周期については尿検査用試験紙BM8-II(中外製薬)を用いて,尿中の潜血の有無で判定した.採取された尿のうち約20㎖を-20℃で凍結保存し,後日,LH,エストロジェン(Es)とプレグナンジオール(Pd)の各ホルモンを定量した.LHは簡易測定キットのハイゴナビス(持田製薬)で測定した.簡易測定キットはヒト用であるが,多摩動物公園等におけるニシローランドゴリラでのRIA法との比較試験において,整合性が見られ,測定値の信頼性は確認されている11).EsとPdは民間検査機関に依頼して,Esはラジオイノムアッセイ(RIA)法にてPdはガスクロマトグラフィーで測定した.
尿中ホルモン測定期間
月経周期が安定していた期間 1992年4月1日から92年6月30日迄と,1993年1月1日から93年3月31日迄
月経周期が延長した期間 1991年12月1日から92年3月31日迄

結果

行動觀察結果
本雌においては,発情行動,いわゆる性的なプレゼンティング行動を含め10の定型行動が観察された(Fig.1).これらを観察される頻度の多い順に列挙すると,以下の通りであった.

1.背中をキーパーに向けて座る.――グルーミングを求める.
2.背中をキーパーに向けて立って,手と首を振る.――1で背中を掻いてやると行う.
3.キーパーの方を向いて座って,口を開ける.――健康チェックのために過去に馴致された行動.
4.キーパーの方を向いて座って,床に落ちている物をよこす.
5.キーパーの方を向いて立って,手と首を振る.――2と似ていて機嫌のいい時に行う.
6.中腰でキーパーに尻を向ける.――健康チェックのために過去に馴致された行動.
7.頭を床に付けてキーパーに尻を向ける.――外部生殖器を触るように求める.
8.床に腹を上にして寝て尻をキーパーに向ける.――外部生殖器を触るように求める.
9.背中をキーパーに向けて座り,右の尻を少し浮かしてキーパーに向ける.――発情行動の発現日の前後数日間に観察される.
10.発情行動,いわゆる性的なプレゼンティング行動
躊躇の姿勢でキーパーを凝視する(目は充血している).

キーパーを凝視しながらウー,ウーと声を出しながら,尻というより外部生殖器を床に約20回位,リズミカルに打ち付ける.この一連の行動を3回位繰り返す.

背中を艦に付け,キーパーに尻を向けて座る.
↓――外部生殖器を触ってあげる.
艦から離れ,*を繰り返す.

通常,1から9の行動1つだけか,もしくは2つ以上組み合わされたものが観察された.
発情行動が観察される期間は3日間で,この期間,日によって行動の発現の強さが異なった.即ち,1日目はキーパーと目が合うとこの行動を始め,数回,外部生殖器を床に打ち付けて尻をキーパーに向ける行動を続けて,その後座り込んでしまう.2日目はキーパーが寝室に近付く足音で,既にこの行動を始め,ウー,ウーという声も激しく,かなり興奮していて,キーパーがいる間,外部生殖器を床に打ち付けて尻をキーパーに向ける行動を続けた.3日目はこちらから要求しないと,前述の行動を発現しなかった.
この行動が発現している期間に,陰唇の腫張と陰核の勃起が触知された.外部生殖器を床に打ち付ける行動は腫張した陰唇と勃起した陰核を床に擦り付けるように行われていた.この期間,前述した1から9の行動は一切観察されなかった.
この発情行動は,明らかに通常観察される行動とは異質なもので,交尾を誘う発情期の性行動であることが推察された.しかし,この行動は雄に対しては一切行われず,この雌に好かれたキーパーに対して限定的に行われた.そのため,このキーパーが休日の日は本雌が発情期でもこの行動を観察することは出来なかった.いつ発現するか分からない発情行動を全て3日間観察することはそれらの理由より不可能だった.しかし,前述したように,3日間の発情行動に強度の差が明らかだったので,この期間の1日だけでも観察出来れば,他の発現日は推定できた(Fig.2).


1. To sit with her back toward the keeper.
――She asks him for grooming.

2. To swing her arms and head standing with her back toward the keeper.
At the stage 1,she does so when the keeper scratches her back.

3. To open her mouth sitting toward the keeper.
――She is used to doing so due to the health check the keeper has done.
-

4. To give the keeper something on the floor
sitting toward the keeper.

Fig.1 Behavior

5. To swing her arms and head standing toward the keeper.
――She does so when she is in good mood like the stage 2.

6. To turn her buttocks toward the keeper bending.
――She is used to doing so due to the health check the keeper has done.

7. To turn her buttocks toward the keeper,bending and putting her head on the floor.
――She asks him for touching her vulva,the stage 8 is the same.

8. To turn her buttocks lying down on her back.

Fig.1 Behavior (cont.)

9. To turn her right buttock above the floor a little sitting with her back toward the keeper.
――It is objected for about a few days before and after the day of sexual presenting behavior.

10. Sexual Presenting Behavior

To gaze at the keeper, opening her knees right and left in a half-sitting posture.

To beat her buttocks on the floor about twenty times rhythmically gazing at the keeper.

To turn her buttocks sitting with her back,which is on the cage, toward the keeper.

To leave from the cage and repeat mark *.

Fig. 1 Behavior (cont.)

月経周期と発情行動との関係
月経周期は20日前後の時もあれば,80日前後の時もあり,46±16(平均±標準偏差)日と不安定であるが,発情行動は殆ど月経開始日の12日前(12±0.3(平均±標準偏差)日)から発現した(Fig.2).

Fig.2 Relations between menstrual cycles and sexual presenting behavior cycles in capitive female lowland gorilla.The menstrual cycle length was 46±16 (mean standard deviation) days.

尿中ホルモンの動態と発情行動との関係
月経周期が83日と延長した期間では,周期の中頃にエストロジェンのピークが見られたものの,それに続くプレグナンジオールの上昇は認められなかった.しかし,その約1カ月後には,エストロジェンは再びピークとなり,それに続きプレグナンジオールの上昇が見られ,月経となった.この時はエストロジェンの第1ピークは月経開始日の11日前に見られた(Fig.3).
月経周期の安定していた期間では,エストロジェンは周期的な増減パターンを示した.エストロジェンには月経周期中最大値となる第1ピークと,それに続く第2ピークが見られその第1ピークは全て月経開始日の12日前に見られた.プレグナンジオールもエストロジェン同様に周期的な変化を示した.即ち,エストロジェンの第1ピークの時に上昇が見られ,エストロジェンの第2ピークに同期して最大値となり,月経時に最も低い値となった(Fig.4,Fig.5),LHはエストロジェンの第1ピークの日かその翌日に最大値を示した(Fig.5).3者の動態から,この月経周期が排卵を伴った月経周期であり,排卵はエストロジェンの第1ピークと同期していることが明らかとなった.
以上のことから,月経周期の安定度に関わり無く,エストロジェンのピークとそれに続くプレグナンジオールのピークが見られた周期では,排卵が起こっていることが明らかとなり,発情行動も,排卵を伴った周期に限って認められ,その発現期間と排卵期が一致していることが分かった.更に,この行動はエストロジェンの第1ピークの時から発現し,それが殆ど月経開始日の12日前であることも分かった.

Fig.3 Urinary Estrogen (Es) and Pregnanediol (Pd) mesurements in captive female lowland gorilla during the unstable menstrual cycle.P:Sexual presenting behavior.M:Menstruation.

Fig.4 Urinary Estrogen (Es) and Pregnanediol (Pd) mesurements in captive female lowland gorilla during the stable menstrual cycle.P:Sexual Presenting Behavior.M:Menstruation.

Fig.5 Urinary Estrogen (Es),Pregnanediol (Pd) and Luteinizing Hormone (LH) mesurements in capite female lowland gorilla P:Sexual presenting behavior.M:Menstruation.

考 察

今回行った雌のニシローランドゴリラの繁殖生理に関する基礎調査の結果,当園の雌には,発情行動,いわゆる性的なプレゼンティング行動が,殆ど月経開始日の12日前から発現し,3日間続くことが分かった.この行動は,スイスのバーゼル動物園やイギリスのブリストル動物園の雌のニシローランドゴリラが発情中に行うリズミカルな骨盤の運動と非常によく似ていた).しかし,これらの園館においては,その行動と尿中ホルモンの動態との関係について明らかにしてはいない,今回当園で行った両者の関係についての調査から,この行動は,排卵期特有の発情行動であることが分かった.この結果,この行動は雄との交配適期や人工授精適期の判定に役立つものと考えられた.更に,この行動の発現が雌のニシローランドゴリラの性成熟の判定にも役立つものと考えられた.
月経周期の調査結果では,卵胞期が不安定で延長する傾向が強いことが明らかとなった.この延長した時期は,実は環境の変化,即ち獣舎の工事や新人キーパーとの関係等に基づく心理的ストレスが加えられた時期と一致しており,月経周期を安定させる上で,こうしたストレスを可能な限り減少させる努力も必要と考えられた.一方,排卵期から月経迄の,いわゆる黄体期は極めて安定しており,この期間の尿中ホルモンの動態は,ニシローランドゴリラの人工授精に成功したオーストラリアのメルボルン動物園で行われた調査結果と一致していた1).従って,本雌は,月経周期が不安定であるものの,排卵を伴った月経周期を示しており,繁殖可能な状態にあると考えられた.
当園では,これら繁殖生理の調査から得られた結果を参考にして,発情行動の発現時期に雌雄を屋内だけで同居させたり,夜間に同居させることを行っている.また,屋外放飼場に電柵で保護した生きた樹木を植えたり,定期的に牧草を植える等,生息地に近い環境作りを進めている.現在も継続中の行動観察,月経周期の測定も含めて本稀少
種の繁殖の一助となるような様々な努力をしている.

要 約

1990年3月31日からの行動観察より,当園の雌には発情期に性行動,いわゆる性的なプレゼンティング行動が見られ,この発情行動が殆ど月経開始日の12日前から発現し,3日間続くことが分かった.更に,発情行動の発現期間に陰唇の腫張と合わせて陰核の勃起が顕著となるのを触知できた.
発情行動と尿中ホルモンの動態との関係を調べた結果,発情行動はエストロジェンのピークと,それに続くプレグナンジオールのピークが見られた月経周期に限って発現し,その開始時期はエストロジェンの第1ピークの時とほぼ一致していることが分かった.更に,発情行動が発現している期間にLHのサージが確認され,この行動が排卵を伴った発情行動であることが分かった.

謝辞

本報をまとめるにあたり,ゴリラの行動のイラスト作成を快く引き受けて戴いた画家の山内ジョージ氏に深く感謝いたします.

引用文献

1) Butler.C.(1984):Operation gorilla.Thylacinus.9-2,12-18.
2) Dahl,K.D.,Czekala,N.M.,Lim,P. & Hsueh.A.J.W.(1987):Monitoring the menstrual cycle of human and lowland gorillas based on urinary profieles of bioactive folliclestimulating hormone and steroid metabolites.J.Clin.Endocrinol.Metab.64,(2),486-493.
3) Graham,C.E.(1982):Ovulation time:A Factor in ape fertility assessment.Am.J.Primatol.Suppl.1,51-55.
4) International Symposium on Great Apes:Infertility and insurfficient breeding in great apes due to in adequate keeping system:Prophylaxis by environmental alteration and therapy (Oct.29-31,1982 at Zoologischer Garten der Landeshauptstadt Hannover), Zoo Biology 2:315-333 (1983).
5) Lasley,B.L.,Hodges,J.K. & Czekala,N.M.(1980):Monitoring the female reproductive cycle of great apes and other primate species by determination of oestrogen and LH in small volumes of urine. J.Reprod.Fertil.,Suppl.28,121-129.
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7) Mitchell,W.R.,Presly,S.,Czekala,N.M. & Lasley,B.L.(1982): Urinary immunoreactive estrogen and pregnanediol-3-glucuronide during the normal menstrual cycle of the female lowland gorilla (Gorilla gorilla).Am.J.Primatol.Suppl.2,167-175.
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10) Nadler,R.D.(1980):Reproductive physiology and behavior of gorillas.J.Reprod.Fertil.,Suppl.28,79-89.
11) 田坂 清,河野典子,七里茂美,平松 .廣,長谷川 徹,菅沼龍美,吉原耕一郎,吉原正人,高橋孝太郎.(1989):ローランドゴリラ雌2頭の性周期について,動水誌,31(1),34.
12) 八木智子,小野田裕典,池ヶ谷正志(1989):尿中LH,エストロゲン測定によるローランドゴリラの排卵時期診断について,動水誌,31(1),34.
13) 吉原正人,吉原耕一郎,島原直樹,菅沼竜美,筒井敏彦.(1989):ゴリラにおける人工授精実施のための性周期の検査法,動水誌,31(3),75-80.

SUMMARY

Sexual presenting behavior was observed and recorded in detail. Urinary estrogen,pregnanediol-3-glucuronide and LH were measured to monitor the menstrual cycle of a captive nulliparous female lowland gorilla.She showed sexual presenting behavior 12 days before menstruation, and it continued for 3 days. Genital swelling could be sensed by touching at this time.This behavior only seen at the time of the first estrogen peak and the following pregnanediol-3-glucuronide peak during the menstrual cycle.It occured at the time of the first estrogen peak and the LH surge. Estrogen reached the first peak 12 days before the menstruation. It was positively associated with ovulation.
〔1994年1月14日受付,1994年3月23日受理〕

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