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スッポンモドキの飼育下人工繁殖
発行年・号 | 2012-53-02 |
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文献名 | スッポンモドキの飼育下人工繁殖 (Captive Breeding of Pig-nosed turtle, Carettochelys insculpta.) |
所属 | 名古屋港水族館 |
執筆者 | 伊藤美穂、春日井隆、坂岡 賢、小林 繭 |
ページ | 41〜47 |
本文 | スッポンモドキの飼育下人工繁殖 伊藤美穂、春日井隆、坂岡 賢、小林 繭 名古屋港水族館 Captive Breeding of Pig-nosed turtle, Carettochelys insculpta. Miho Ito, Takashi Kasugai, Ken Sakaoka and Mayu Kobayashi Port of Nagoya Public Aquarium 要約 名古屋港水族館では1992年からスッポンモドキ、Carettochelys insculptaを飼育展示している。そのうちの雌1頭が2008年4月21日夜から22日の朝にかけて、水槽に併設された産卵用の砂場に上陸して産卵した。翌朝、これらの卵を掘り出し、26個の卵を確認した。卵は球形で殻は硬く、平均直径4.2mm(SD:±1.37,n=26)、平均卵重40.1g(SD:±3.10,n=26)であった。卵は孵卵器に移し替え、温度31°C、湿度100%に保ち、産卵後77日目から霧吹きによる人為的降雨を再現したところ、産卵82日目から91日目までに24個体が孵化した(孵化率92。3%)。孵化個体は平均甲長49.5mm(SD:±2.56,n=24)、体重23.0g(SD:±1.53,n=24)であった。初期餌料は動物性餌料を与え、3ヵ月経過後には植物性餌料やペレットなども併せて与えた。13ヵ月後には、平均甲長118.1mm(SD:±12.33,n=12)、平均体重299.9g(SD:±86.09,n=12)に成長した。なお、本報告は本種の飼育下国内繁殖の初記載となる。 キーワード:スッポンモドキ,人工産卵場,飼育下人工繁殖 はじめに スッポンモドキCarettochelys insculptaは、ニューギニア島とオーストラリアのノーザンテリトリーの限られた熱帯域に生息している。淡水性のカメの中では比較的大型で、甲長60cm、体重20kgに達する。英名のピッグノーズタートルが示すように、ブタのような鼻とヘルメットのような甲が特徴である。 雌は20〜22歳、雄は14〜16歳で性成熟に達する(Römpp,2003)。雌は乾期の終わりに川岸の砂浜に深さ22cmほどの穴を掘り、1回に7〜39個の卵を産み、卵は雨期の最初に孵化する(Römpp,2003)。 飼育下のスッポンモドキの繁殖や繁殖技術に関する知見は国内ではこれまで皆無であり、国外でも3例の繁殖例しかない。2001年にアメリカのブロンクス動物園で仔ガメ1個体が展示水槽を泳いでいるのが発見されたが、これは担当者の知らないうちに陸地部に産卵された卵から仔ガメが孵化した事例である(Römpp,2003)。また、同年にドイツのウィルヘルマ動物園で飼育水中に放出された卵を2個回収し、うち1個体を人工孵化させた。2005年にはオランダのロッテルダム動物園において、オキシトシンなどを雌に注射して産卵を誘発し、飼育水中に放出された21個の卵を回収し、15個体を孵化させている(Visserほか、2005)。 このように、これまで飼育下繁殖している3例中の2例が、水中放出の卵を孵化させたものである。 当館で飼育していたスッポンモドキは本報告以前には産卵場が整備されていなかったため水中に卵を放出していた。水中に放出された卵は他のカメや魚にすぐに食べられてしまうため、卵を得ることはできなかった。本研究はスッポンモドキが本来の産卵行動をとれるように、水槽に併設した産卵場を設け、上陸して産卵させ、さらに産卵した卵を人工孵化によって育成したものであり、雌親の産卵前の行動と摂餌量の変化、人工孵化および仔ガメの成長について述べる。 材料と方法 飼育個体と飼育環境 飼育個体は雌3個体、雄1個体(1992年4月、ニューギニア島インドネシア領にて捕獲)、性別および産地不明1個体(譲渡個体)の計5個体である(表1)。 これらの個体は名古屋港水族館の淡水の常設展示水槽(図1)で飼育している。水槽は間口が10m、奥行き最大部5m、最大水深1m、総水量60㎥である。同じ水槽に、ノーザンバラムンディ(Scleropages jardinii)、スポッテッドバラムンディ(Scleropages leichardti)、イールテールキャットフィッシュ(Tandanus tandanus)、ニシキマゲクビガメ(Emydura subglobosa)、チリメンナガクビガメ(Macrochelodina rugosa)を飼育している。 飼育水温は通年28°Cで水槽内の室温は平均25°C(冬場16°C〜夏場28°C)に設定した。 当初、スッポンモドキが上陸して産卵するための陸地がなかったため、2006年8月、水槽の横の陸地に産卵用砂場を整備した。Doodyほか(2003)やGeorges and Kenett(1989)はスッポンモドキの自然下での産卵場の条件として、植物が生えていないことや、細かい砂の陸地であり、広さについての記載はないが、水際から産卵床までの距離が2mほど、水面からの高さは60cmほどであることを報告している。これらを参考にしながら、水槽の水際や陸地にあった植物を撤去し、ケイ砂(直径約1mm)を水際から産卵場中央に向かって小高い丘状になるように敷いた。産卵場の最も高いところは、水面から60cmとした。産卵場の面積は約2.7㎡とした。 水槽内の水域1(図1)からのみカメが産卵場に上陸できるようにした。これは産卵個体を特定するためであり、水域2からは他の個体が上陸できないようにした。 水槽は中央付近に仕切りを設け、通常は水域2で飼育し、餌料の好みの変化と摂餌量の低下から産卵の見込まれる雌を水域1に隔離した(図1)。 スッポンモドキの野生下の成体は植物の実や花、葉、根や甲殻類、昆虫などを幅広く食べている(Römpp,2003)。今回、親個体には週3回1個体に付きバナナ120〜150g、ミニトマト5個、キウイ30g、鳥モモ肉100g、鳥レバー20g、コイ用のペレット(咲きひかり;キョーリン製)20〜50gを与えた。餌は各個体ごとに手元から与えた。 産卵後の雌には産卵した日から約2ヵ月間、同様の餌を毎日与えた。 人工孵化環境 産卵場の砂中の温度はスッポンモドキが孵化するのに適した温度に達しないこと、また次の産卵があった場合、同じ場所を掘り起こしてしまう可能性があったため、卵は孵卵器の中で管理し、人工孵化を行った。鹿沼土(小粒:直径3mm)をざるにとって軽く洗い、同時に水を十分しみこませた。深さ4cmほどのステンレス製の皿に鹿沼土を敷き、相互の卵が接するくらい密に並べた後、卵が隠れる程度に鹿沼土をかぶせ、孵卵器(爬虫類用フラン器;昭和フラン器製)に入れ、気温 31°C、湿度100%で管理した。卵は30°Cで孵卵した場合、孵化までに77日要すること(Beggsほか、2000)、また、本種の孵化のきっかけは、降雨や川の増水によるといわれていること(Doodyほか、2001)などから、孵卵期間77日目以降、毎日朝と夕に、孵卵基質に霧を吹きかけて降雨を人工的に再現した。 仔ガメの飼育環境 孵化直後の仔ガメはすぐにプラスチック容器(25×30×11cm)に1個体ずつ入れ、水深7cm、水温30°Cになるようにウォーターバスで加温し毎日換水を行った。 孵化後1ヵ月からは水温は30°Cを維持し、水深30〜45cmの循環式水槽において、複数個体で飼育した。 結果 産卵 雌親(No.2)は産卵の約3ヵ月前の2008年1月ごろから摂餌量が低下していた。通常ならば給餌者に近寄って餌を摂るが、まったく寄ってこなくなり、代わりに同居魚類用餌料であるコイ用のペレットを少量摂餌するようになった。 摂餌量の低下と餌の嗜好性の変化を産卵の前兆とみなし、No.2を2008年3月22日に水域2から1に隔離した(図1)。隔離直後より産卵場に上陸し、産卵場を歩き回った。上陸は産卵した日(4月22日)まで確認され、陸上に数十分間滞在することもあった。 隔離から1ヵ月後の4月22日朝、産卵場の外側に半径2mほどの範囲に砂の飛散を確認した。産卵場を掘ってみると、中央付近に26個の卵が見つかった。産卵床の深さは最深部で26cm、最浅部で10cmであった。卵は球形で殻は硬く、平均直径41.2mm(SD:±1.37,n=26)、平均卵重40.1g(SD:±3.10,n=26)であった。 水域1に1〜2個の放出された卵を確認したが、これらはすでに割れ、卵殻のかけらが残るのみであった。 産卵後、雌親の摂餌量は直ちに回復した。 表1 飼育個体 図1 飼育水槽 孵化および仔ガメの成長 7月13日から7月22日までに、26個の卵から24個体の仔ガメが孵化し、孵化率は92.3%であっ た。孵化までにかかった日数は82日〜91日であった(表2)7月13日には12個体、7月19日には10個体と孵化数が多かった。 孵卵期間の77日目からは霧吹きを過多にして降雨を再現したが、孵化時には卵の下側1/3が水に浸かっている状態であった。 7月18日と7月22日には孵化の過程を観察した(図2)。観察した2つの卵は卵殻とその内側の卵膜が遊離し、卵殻の一部は剥がれ落ちていた(図2-A)。これらの卵を親指と人差し指ではさむように触ったところ、その刺激により卵膜が破裂し、内部に羊膜に包まれた仔ガメを確認した(図2-A、B)。仔ガメは羊膜から出てくると活発に動き出した(図2-C,D)。甲の辺縁部はぬれた状態で腹甲側に折りたたまれていたが、甲が乾いてくると折りたたまれていた辺縁は硬くなり、同時に開くように外側に張り出した(図2-E)。このため、卵径に比べ、仔ガメの甲長および甲幅は大きかった。甲の辺縁部は親個体と異なり、両側に突起が左右5つくらい見られた(図2-E)。孵化直後の仔ガメの平均甲長は49.5mm(SD:±2.56,n=24)、体重は平均23.0g(SD:±1.53,n=24)であった。 孵化した仔ガメには、後ろ足の付け根に楕円形でオレンジ色の塊が見えた(図3)。これは孵化後1ヵ月くらいまでに消失した。 仔ガメは孵化直後でも泳ぎ、呼吸も行った。仔ガメが隠れることができるようにアクリル毛糸の束を容器に浮かせた。日中に観察したところ、仔ガメは毛糸の中に隠れ、3〜5分ごとに呼吸のために水面に上ってくる他は、ほとんど動かなかった。 孵化しなかった2卵は外観上は孵化した卵と変わらなかったが、7月24日に鳥類用の検卵器で検卵したところ、発生の進展は確認できず、卵の下側に卵黄が沈殿していた。卵を割って確認したところ、胚を確認することはできず、初期の段階で発生が停止したものか、未受精卵と判断した。 約半数の個体は孵化後10日前後で摂餌するようになった。初期の動物性餌料としてイカやエビなどのすり身、アサリ、淡水魚、ニワトリの心臓、レバー、モモ肉、ウシの心臓などを5mm角に切った物を食べ残さない程度に1日1回与えたが、毎日摂餌する個体は少なく、1〜3日おきに摂餌した。孵化後1ヵ月にはすべての個体が毎日摂餌するようになった。試みに初期餌料として5mm角に切ったバナナやトマトも与えてみたが、食べなかった。孵化後3ヵ月経過した頃から植物性の餌料も食べるようになり、バナナ、トマト、キウイとペレット(ひかりクレストプレコおよびひかりクレストキャット;キョーリン)を動物性餌料と併せて与えた。 孵化から約1ヵ月後の8月12日に、計測した17個体では成長が認められ、体重が4.1〜10.4g増加した。孵化後3ヵ月には平均甲長67.7mm(SD:±3.10,n=24)、平均体重55.8g(SD:±7.18,n=24)に成長した。孵化13ヵ月後には平均甲長118.1mm(SD:±12.3,n=12)、体重299.9g(SD:±86.1,n=12)に成長した(図4-1,2)。甲の辺縁部に見られた突起は孵化1年を経過するころになると消失し、成体と同じ丸い形態となった。孵化個体は孵化後半年ほどで3園館に合計12匹が譲渡されたため、当館に残った個体のみの計測となったが、いずれの園館においても孵化後1年後の時点ですべて生存していた。 表2 孵卵期間と孵化日 A:卵殻と卵膜が遊離していた卵を指で軽くはさむと卵膜が破裂するように裂けた。 B:上の卵の裂け目を人為的に開けると、羊膜に包まれた仔ガメが確認された。 C:頭部の周辺から羊膜が破れた。 D:仔ガメが羊膜から出てきた。甲の辺縁部は柔らかく、卵の中では腹甲側に折りたたまれた状態であった。 E:孵化1日後。甲の辺縁部は硬くなっており突起が見られる。 図2 孵化の観察 図3 孵化1日後の個体。すべての仔ガメの後肢の付け根に見られたオレンジ色の塊(矢印) 図4 仔ガメの成長 考察 スッポンモドキは水中生活に適した形態であり、これまでの飼育観察の中では上陸行動が観察されたことはなかった。今回の繁殖では雌親は産卵前の1ヵ月前からほとんど毎日上陸を繰り返した。本種が産卵前に上陸を繰り返す行動についてはこれまで知られていない。今回整備した産卵場は野生下の個体が産卵する場所と比べると狭いものであったに違いないが、それでも産卵させることができた。 これまでの本種の繁殖例3例のうち2例は水中放出の卵を孵化させているが、本種は本来陸上で産卵する動物である。特別な理由がないのであれば、できるだけカメが本来持つ産卵様式で産卵させることが個体の健康管理上必要であるし、動物愛護の観点からも有意義なことと考える。 産卵の前兆として餌量の低下や嗜好性の変化が見られたが、これはそれぞれの個体に手元から給餌することで観察が容易であった。スッポンモドキのこのような産卵の前兆現象に関する既往の知見を筆者は知らない。 人工孵化の際、培地基質として鹿沼土を使用したが、この土は乾燥すると色が変わるので湿度を管理する上でこれを目安とすることができ、有効であった。 孵化の過程を観察した際、卵はすでに卵殻がはがれ落ち、内側の卵膜が膨張している状態であった。これは外観で確認できる、孵化の兆候といえるだろう(図2-A)。卵に少し触っただけで卵膜に裂け目ができたことから、振動が孵化の契機となる可能性がある。 すべての孵化個体には、後ろ足の付け根に楕円形でオレンジ色の塊を確認したが、これは体内に蓄えられた卵黄と考えられた(図3)。 今回の繁殖においては、交尾は観察できなかった。通常雌は他個体に対して攻撃的であるが、他個体の接近を許容し、攻撃しない時期が10月下旬から12月はじめくらいまで観察されていた。この時期が交尾期と考えられる。 スッポンモドキは2010年現在でCITES附属書II種に属する。ニューギニアでは本種の親個体や卵を食する文化があり、一方では卵を採掘し、人工孵化させた仔ガメがペットとしてアジア各国で流通しているといわれ、生息数の減少が懸念されている(Georgeほか、2008)。このようなことから、スッポンモドキの飼育下での繁殖技術を確立することが急務であるといえる。飼育下では1個体の雌が産卵に至るまでの行動経過を詳細に追跡観察することが容易なため、野生個体の観察ではなしえない課題を解決できるものと考える。 謝辞 仔ガメの飼育について鳥羽水族館の三谷伸也氏には、終始温かいご助言をいただきました。ここに深く感謝申し上げます。 ABSTRACT Port of Nagoya Public Aquarium have exhibited pig-nosed turtles Carettochelys insculpta since 1992. A female laid eggs in sand beach connected to the tank on the night of April 21, 2008. Next morning we dug up the nest and found 26 eggs. Eggs are spherical and had hard shells, 40.8mm (SD ±1.37, n=26) in diameter 40.1 g (SD ±3.10, n=26) in weight on average. These eggs were put on the container and kept 31°C and 100% moisture. The end of the incubation period on 77days, for perform the rain fall, we sprayed water mist to the eggs. After 82-91days, 24 hatchlings hatched out. (hatching success rate; 92.3%). The hatchlings were 49.5mm (±2.56, n=24) in carapace length (CL) and 23.0 g (±1.53, n = 24) in body weight (BW) on average. For their first food, we feed them animal diet. When the juveniles were 3 months old, they started to eat vegetable food and some kinds of pellets food. After 13 months, 12 individuals were reached to 118.1mm (± 12.3, n = 12) in CL and 299.9 g (±86.1, n = 12) in BW on average. This is the first case for the reproduction of pig-nosed turtle in Japan. 引用文献 Beggs, K., Young, J., George, A. and West, P. (2000): Aging the eggs and embryos of the pig- nosed turtle, Carretochelys insculpta (Chelonia Carretochelydidae), from northern Australia. Can. J. Zool, (78) 373-392. Doody, J. S., Georges, A., Young, J. E., Pauza, M. D., Pepper, A. L., Alderman, R. L., and Welsh, M. A. (2001) Embryonic aestivation and emergence behaviour in the pig-nosed turtle, Carettochelys insculpta. Can. J. Zool., (79) 1062-1072. Doody, J. S., West, P. and Georges, A. (2003) Beach selection in nesting pig-nosed turtles, Carettochelys insculpta. J. Herpetol., 37 (1) 178-182. Georges, A., Doody, J. S., Eisemberg, C., Alacs, E. A. and Rose, M. (2008) Carretochelys insculpta Ramsay, 1886 Pig-nosed turtle, Fly river turtle. Conservation biology of freshwater turtles and tortoises. Chelonian Research Monographs, (5): 1-17. Georges, A. and Kennett, R. (1989) Dry-season Distribution and ecology of Carettochelys insculpta (Celonina Carettochelydidae) in Kakadu National Park, northern Australia. Aust. Wildl. Res, (16) 323-335. Römpp, O. (2003) The pig-nosed turtle Carettochelys insculpta Ramsay, 1886 a fascinating species from Indoaustralia. In keeping and breeding freshwater turtles 173-182, Russ Curley (ed), xvi+300pp., Living Art Publishing, Ada, Oklahoma, USA. Visser, G. and Zwartepoorte, H. (2005) Reproduction of the pig-nosed turtle Carretochelys insculpta Ramsay, 1886 at the Rotterdam Zoo., RADIATA. 14 (3) 3-12. (2011年4月4日受付、2012年2月9日受理) |