バンドウイルカの成長に伴う体形の変化

発行年・号

1959-01-01

文献名

飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(Difference of Body proportion in growing on the Bottle-nosed dolphin.)

所 属

江ノ島マリンランド海獣生態研究室

執筆者

ページ

18〜20

本 文

広島市安佐動バンドウイルカの成長に伴う体形の変化

江ノ島マリンランド海獣生態研究室

Difference of Body proportion in growing on the Bottle-nosed dolphin.

Laboratory of the Enoshima Marinelaand

〔緒言〕
イルカ類の体形に関する研究は、今迄余りなされていない様であるが、江ノ島マリンランドの研究室では既に、1958年9月号及び59年4月号協会月報に計6種類の小型歯鯨の休形について発表している。
今回は、その6種の中、バンドウイルカ、Tursiops truncatus(Montagu,1821)について、胎児から成体に成長するに伴い其のプロポーション(体部比)が如何に変化するかを検討した。
取纏めに当って諸々指導下さった館長、雨宮育作博士に厚く感謝する。
〔材料と方法〕
使用したサンプルは、伊豆半島西海岸の安良里湾にて追込捕獲、蓄養の後トラックにより輸送し、江ノ島マリンランドに於いて飼育中死亡したもの7頭と、同プール内にて流産した6頭及ご出産直後死亡した新生児3頭である。
鯨類の雌では、成熟、未成熟の限界が卵巣内黄体の有無によってわかり、バンドウイルカではその限界が280cm位と推定されるので、本論でも、雌雄共体長310cm前後のもの3頭を成体(成熱)、220cm前後のもの4頭を幼体(未成熟)のグループとして分けた。
胎児も、出産直後死亡のもの3頭を含め、殆ど出産体長に達している130cm前後のもの7頭を胎児・大、65cm前後のもの2頭を胎児・中とし、成長の過程により計4段階に分けて検討した。
測定方法は、第1の(1)に示すプロポーション測定部位によって行い、巻尺と折尺を用いた。

〔検討〕
データを取纏め、更に成長の段階による比較を行ったのが第1表であり、求めた体形図が第1図(1)~(4)である。之より検討し得た内容をプロポーション測定部位の順に述べる。
1、長吻は、胎児・大と幼体が殆ど同じで、胎児・中と成体が梢短い。(部位2)
2、口の割目の長さは、胎児・大が最も長く、幼体、胎児・中、成体の順に短くなっている。(部位3)
3、呼吸孔の位置は、胎児・大と幼体が殆ど同じであ
胎児、中、成体では少し前になっている。(部位4)

第1図

(1)バンドウイルカ成体の体形とプロポーション測定部位
(2)幼体、 体長220cm前後・
(3)胎児、大 体長130cm位
(4)胎児、中 体長65cm位

4、目と胸鰭の位置は、胎児・中と大が略同じで、幼体、成体へと成長の順に前へつまっている。(部位5、6)
5、目と耳との間隔の体部比も、成長に伴い次第に小さくなっている。(部位7)
6、脊鰭の位置は、胎児の中と大、幼体と成体では互に大差ないが、幼、成体のものは胎児のものに比べ稍前方にある。(部位8)
7、肛門及び臍の位置は、胎児の間では共に同じ様であるが、幼体、成体へと成長の段階に従い前の方になっている。(部位9、)
8、肛門と生殖孔との間隔は、鯨類では生殖孔が、雌雄共に長い溝になっているので測定の誤差を生じ易く、更にここでは測定値が少い為充分には検討し得ないが、成体の雄が稍大きな値を示す以外は各段階毎の差は殆どみられない。(部位11)
9、脊鰭の大きさの比率では、胎児・中のものがいくらか小さい様でもあるが、全般には特に大差無いと伝えよう。
尚、胎児の脊鰭は、子宮内では付根から横に倒れ符部に密着している。(部位12、13)
10、尾鰭の大きさは、胎児の中と大、幼体と成体とで互にその比率に差は無いが、胎児のものの方が少し大きめの様である。
胎児・大の尾鰭両端の間隔が狭く、尾鰭がすぼまっているのは、子宮内での形や、出産機構に関連があるものと思われる。一般に胎児は、子宮内では体を腹側に折曲げている。そしてイルカの出産は尾から始まる事が知られ、江ノ島マリンランドでも1度治児・中の流産の際、その産出の状態を確実に観察する事が出来た。
又、胎児・大では尾鰭分岐点で鰭の一部が互に重なり合っている事が多く、尚1つの特徴は、尾柄上部に体軸に沿った細長い髪が少し存在する事であり、之は稍横に倒れている。(部位14~17)
11、胸鰭の大きさでは、胎児・大のものが他のものに比べていくらか大きめの様である。之は尾鰭の大きめな事と共に、出産直後の遊泳を容易にする等の利点によるものと思われる。又、胎児では、胸鰭も脊鰭と同じく体に張りついた様になっている。(部位18~20)
12、体高は、大体脊鰭の高さを含めて体長の4分の1位であるが、胎児ではいくらか高めの様でもある。但し、此の場合、成体同様胎児でも脊鰭の高さを含めたものを体高のプロポーションとしているので、前述6、の如く胎児では背鰭が横に倒れている点等、実際の胎児の体形とは異っているわけである。(部位21)
13.胴まわりは、胎児・大が稍太い。此の事は各部の鰭の形等と同じくイルカの出産機構に関連があるのかもしれないが、今回は資料が特に少いので猶検討を必要とする。(部位22)
14.歯式は、幼体と成体では差が無く、片側1列本位であるが、胎児は末だ歯が生えていない。併し、胎児の歯齦には大きさ・中のものでも、歯の生える箇所には1列の襞があり、既に歯の様な凸凹が程度数えられる。(部位、歯式)
15、次に各段階の体形図をみると、胎児・中の頭部が眼下向きになっているのに気付く。之は胎児の小さなものでは更に甚しく、体は腹側に彎曲し、写真3、の様になっている。

写真1 バンドウイルカ成体(315cm♀)

写真2 バンドウイルカ、胎児大(142cm♀)

写真3 ゴンドウクジラの胎児、極めて小(4cm♂)

そして此の体全体の彎曲は、前述10、でも少しふれたが、出産間近でも猶その儘の様である。只、頭部では、その間成長に伴って徐々に変化し、写真2、の様に出産頃には殆ど頸部での屈曲は無く、頭の線が略体の線上に延びていて、その彎曲又は屈曲の度合の変化がわかり易い。
尚、写真3、はゴンドウクジラのものであるが、バンドウイルカ及びその他のイルカでも比のステージのものでは殆ど同じ形をしている。

〔結果と考察〕

バンドウイルカを、胎児・中、胎児・大、幼体、成体の4段階に分けて、その成長の過程に於けるプロポーシヨンの変化を検討したが、結果は概ね次の如くであり、若干考察を加えた。
1、軀幹前半の部分では、胎児・大が他の段階のものより稍プロポーションが大きく、成体が最も小さい。之は成長と共に、口角、目、胸鰭等の位置が前の方にうつっていく事、即ち、体の成長の中では頭部付近の成長度が比較的小さい事を示している。
2、併し、軀幹後半の部分でも、脊鰭、肛門、臍の位置が成長に伴い稍前の方になっているので、此の事は体の成長の中では肛門より後方の所謂尾の部分の成長度が特に大きな事を意味している様である。
3、鰭の部分での就長に伴う変化は、脊鰭には殆ど差が無く、尾鰭、胸鰭では胎児のもの、胸鰭では特に胎児・大のものが稍大きめである。之は胎児・大が殆ど出産体長に達している事から、出産直後の游泳を容易にする等の理由によるものと思われる。
4、歯は、胎児には未だ生えていないが、成体と略同数の凹凸が数えられ事る、そして幼体と成体では歯式が殆ど差が無い事から、之はバンドウイルカの歯式に、段長に伴う本数の変化がなく、歯そのものが大きくなる事を表している。
5、子宮内に於ける胎児の体軸には、腹側への彎曲がみられるが、頭部では、その彎曲又は頭部での屈曲の度合が成長と共に次第に小さくなり、出産頃には殆ど無くなつている。
(34、8、13まとめ、中島)

第1表 バンドウイルカの成長に伴うプロポーションの変化