飼育水槽に関する二つの試み
発行年・号
1959-01-01
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
所 属
江ノ島水族館
執筆者
広崎芳次
ページ
11〜13
本 文
広島市安佐動飼育水槽に関する二つの試み
江ノ島水族館 広崎芳次
水族館に於ては館育水槽はつきものであり、飼育水槽の構造や扱い方によって、飼育水族の寿命がかなり左右されるにもかかわらず、飼育水槽についての諸問題は現状ではないがしろにされているきらいがある。
筆者は最近江ノ島水族館において、飼育水槽に関する諸問題の中から、次の二つの点について検討し、若干の知見をえたのでここに報告し併せて御批判を仰ぎたい。
一つは、各飼育水槽の水温、水質などをそれぞれ別箇に調節することが簡単に出来ないかということであり、他の一つは飼育水槽の掃除が飼育水族も飼育用水もそのままで手軽に出来ないかということである。前者が可能であれば、より多くの種類の水族の飼育が可能であり、また白点病などによる罹病のおそれもいちじるしくうすらぐ。後者が可能であれば、魚体をとりあげる際の損傷が皆無になるのみならず、従来の掃除方法にくらべて時間的にも労力的にも、はなはだ好ましいことといえる。
内式単独濾過循環飼育水槽
飼育水槽の水を独自の水質にたもつためには、単独にポンプで汲み上げ、濾過槽を通してふたたび使用する単独濾過循環装置をうけることが通念である。しかしこの方法では、費用もかかり場所もいるので、すべての水槽に簡単にそなえつける訳にはいかない。ここでのべる方法はポンプで揚水するかわりに圧搾空気を利用し、濾過槽の作用は飼育水槽の底にしいてある砂をもって代行させるやり方である。この方法は、装置がごく簡単で誰にでも出来るばかりでなく、本年4月より8月にわたって行った飼育結果からその使用管理も容易であることがわかった。
図1 内式単独濾過循環飼育水槽
水槽1の底部に、多数の小孔を有する隔板5をおき、その上部にサランの網地・しゆろ皮又はガラスせんい4小石3、砂2を順次にしきつめ、更に隔板5の下部に多くの孔をもつ集水器6をもうけ、その一端に水槽の上部に突出する揚水管7をとりつけ、この揚水管7の下端に圧搾空気送気管8を接続したもので、水槽の量も下の水を底面全体から、むらなく集め、これを揚水するとともにエアレーシヨンして飼育用水として使用することが、この試みの目的とするところである。
隔板5はビニール板に経2mm大の小孔を20~30mm間隔に板全体にあけたものがのぞましい。サランの網地・しゆろ皮又はガラスせんい4は隔板の下に砂2が落下するのを防ぐためのものであるから小石3の上にしいてもよい。小石は硅石、砂は硅砂を用いることが好ましいがふつうの砂でもよい。細砂を用いることは従来のエア・リフトによる方法では、つまることをおそれて、さけていたが、本構造の場合には、濾過面積が水槽底全面の大きさであり、しかも常に上部に飼育水があるためにむしろ水の浄化の急速化をはかる上から、あった方がこのましい。尚濾過バクテリヤの作用のために細砂は不要との説もあるが、観覧水槽の如きところでは体裁上からも、また水の清浄なことからもあった方がよいと考えられる。
砂や小石の量については、砂の容積の1/10の数値が飼育可能の魚の目方の数値に匹敵するという佐伯氏の説によれば、底面1㎡の水槽に4kgの魚を飼うためには4cmの砂があればよいということになる。このことから水槽の底に濾過用としてことさら多量の砂を要しないことが判る。
集水器6は水槽底の水をたえず全般から集めることが出来れば、どのようなものでもさしつかえない。細工が容易なことと水の動きとを考えると、ビニール管(硬質)をU字状又は、の字状にまげ、その底面側に3~5mmの孔を30mm間隔位にあけたものがよい。この際揚水管よりも集水管が細いと揚水能力が低下する。揚水管は所要の揚水量によってその太さが変るべきものであるが、また使用する空気の量にも関係する。以下揚水量に関係ある要因について若干の検討を試みた。
表1 揚水管の太さと揚水量
揚水管の角度70度、水面上の高さ、60mm、水面下(圧搾空気の注入口~水面,150mm送気量200cc/s、測定値測定値の平均値。これらの値は以下のべる測定においても同様である。
表2 送気量と揚水量
管経22mm(以下の測定でも等経)
この送気の際の気泡の大きさについては、エア・ストンを用いた方がよいようにも考えられるが、22mm管で200cc/sの送気を行った際、エア・ストンを用いた場合の揚水量は、190cc/s、用いず直接4mmの送気管よりした場合には350cc/sの値をえた。なお本報告における他の測定にはエア・ストンは全く使用していない。(ふつう熱帯魚のエア・レーションに使用している空気の量は1コあたり10cc/s程度である。
揚水管の角度によっても揚水量がことなることを表3は示している。
表3 揚水管の角度と揚水量
表3から、もっとも効率のよいのは45°前後、即ち■物線状にすることがこのましく、直立させると効率はわるい。
空気揚水(Air lift)の欠隔は、水面上に高くあげると急激に揚水量が低下することである。
表4 揚程(排水口の高さ)と揚水量
表4の示すごとく高さがますにつれて、幾何級数的に揚水量が低下するから、排水口の高さは低いほどよいということになる。
表5 水深(圧搾空気の注入口まで)と揚水量
水深が深いと揚水量もいちぢるしくますから本装置は大型水槽にも十分に使用することができる。筆者の今迄に行った測定では、径25mmのパイプで水面下1100mmより水上20mmまで毎時1.8トン揚水した記録がある。
以上のことから、必要とする循環率に応じて揚水量をきめればよく、水深4・50cmの小型水槽ならば、市販の熱帯魚用バイブレーターを使うこともできる。
江ノ島水族館では、現在水深20cm~70cmまでの7つの水槽(水量40ℓ~1トン))にこの装置をほどこし、それぞれ毎時1~2回の換水率で飼育している。
飼育結果は一般に良好で、海水は終始pH7.7の値をたもち、淡水でもアオコの繁殖するようなことはなく、コウホネ類の根腐れもみられない。水槽掃除の頻度も他の飼育水槽にくらべ甚だ少くてすむこともこの装置の特色であろう。
2水槽掃除器
水槽掃除をするのには二つの目的があると考えられる。
その一つは観覧上のために行うもので、これは硝子面、壁面など美観をそこねるおそれのあるものに対してであり、他の一つは飼育していくために、底の砂礫を洗滌し汚物をとりのぞき、病原虫に対する消毒を行うなど前者が表面的であるのに対し後者は内面的ともいえよう。
観覧上の見地から汚さないようにするには濾過を完全にし、光合成のもとをなす天然光線の入射を防ぐようにすれば、壁面のよごれなどは2、3ヶ月間生じないし、それ以上放置しても観覧上にも飼育上にも差支えはない。
一方底の砂や礫の間には、従来の飼育水槽の構造だと餌料の残渣、海藻、排泄物或いは微生物などが沈澱し表面は汚れていないようでも、砂をほりかえすと沼気が多量に浮上し、これらのガスのために砂が黒くくすんでいることが往々にしてある。このようにならないように掃除するのが飼育上の水槽掃除といえよう。
底にしいてある砂礫の間のよごれは、水槽の中に飼っている魚の種類によってかなりことなる。一般に底魚を収容してある水槽は、よごれが少く、中層を泳ぎつずけている魚だけの水槽のよごれはいちぢるしい。底の砂がもっともきれいな水槽はキュウセンやニシキベラなど砂の中にもぐるベラ類を飼育している水槽で、ベラが砂の中を攪拌するために、3ヶ月ぐらい放置しても、ほとんど汚れをみいだすことはできない。
そこで人為的に底の砂をかきまわし、その中に含まれている汚物をとりのぞくことができれば、水をぬき魚をとりあげるような水槽掃除は殆んどする必要がなくなる
図2 水槽掃除器
のではなかろうか。そこで水も魚もそのままにして底の砂の汚れだけをとりのぞくことが簡単に出来るような水槽掃除器を考案作成してみた。
これは水底に圧搾空気又は空気を混入した水を吹きつけることによって、底のごみを舞いあげさせ、空気揚水により水とともにあがったごみを濾過器でこしとるものである。
図2に示した縦断面図についてのべると、圧搾空気或いは水によって吹きつけられ攪拌、上昇した砂やごみが散らばらないようにする集塵器は円錐形よりもピラミッド形にした方が水槽の角を掃除するには都合がよい。揚水管2の中を圧搾空気又は水の中に含まれた気泡によってごみが水とともにおしあげられる。この揚水管は水深によって調節できるように2~3本に分離する方がよい。水面に浮べた濾過器3はおしあげられた水とごみをしゅろ皮などの濾過材4で急速に濾過し、濾過された水は濾過槽の多数の細孔5を通り再び水槽中にもどる。送気管又は送水管6、注水管の場合には、濾過器の近くで元管を濾過器についている管にさしこみ空気を吸引させる。この際元管のさしこむ部分をつよく圧し水圧を増すことによって、多量の空気を吸引し揚水量をます。浮子7は集塵器1の下端が水底に僅か接触する程度に、この水槽掃除器を浮べる役をする。
限られた紙面なのでいろいろの測定値をここにのべることは省くが、この掃除器はビニール管で簡単にでき、注水管などもその飼育水槽の注水管をそのまま使用すればことたりるから、それぞれにつくり、ためされるようおすすめする。尚この装置の小型のものをつくり、汚染した液浸標本ケースの中へ入れて、一晩放置したところ浄化し、従来の如く液をとりかえる必要はなかった。
これらの試みを行うにあたって、江ノ島水族館飼育課の内田至、鈴木克美、倉本功一、岩本末吉、長谷川英介、西別当嘉男、福島利行の諸氏の協力を得た。試作にあたっては特に小島忠男、吉田茂氏に負うところが多い。併せて御礼申上げたい。
主要参考文献
佐伯有常;日本水産学会誌 Vol.23,No.11,
久田迪夫;どうぶつと動物園 No.102,1958