熱帯性海水魚の鰓病について

発行年・号

1960-02-01

文献名

飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期

所 属

北海道立水族館

執筆者

栗倉輝彦

ページ

3〜5

本 文

広島市安佐動熱帯性海水魚の鰓病について

北海道立水族館 栗倉輝彦

Ⅰ はしがき

道立水族館において1959年9月、スズメダイ科(Pormacentridae)に属する8種、81尾の熱帯性海水魚を搬入し、1960年1月20日現在飼育継続中である。これらの魚種に2回にわたりDinoflagelataの寄生と思われる鯉病が発生し、その約50%が斃死したのでその観察結果を報告する。
本文を草するにあたり、いろいろ御援助いただいた館長谷口達三氏を始め館員の諸氏、特に御協力願った高井小山両技師に対し深謝の意を表する。

第1表 搬入魚種・尾数・収容組合せ

Ⅱ 魚種及び育管理

搬入された熱帯性海水魚は、いずれもフィリッピン産で、現地のタイドプールにて採集されたものである。体長は1.0~1.5cmで、種名は松原(1955)の“魚類の形態と検索”によったが不明なものが多く、8種中3種判明したのみである。
収容換えによって飼育期間を第1表の通り3期間に分ける事が出来る。すなわち第Ⅰ期は分類せずに50×31×21cm・25ℓ入の水槽2槽に収容した場合で、搬入した9月12日から同月27日までである。水温は25℃前後に保ち、エアレーションを行って飼育したが特に餌料は与えなかった。第Ⅱ期は9月28日から11月23日までで38×42×78cm・110ℓ入の水槽3槽に第1表の通り2又は3種づつ収容し、各水槽毎の単独循環濾過槽を用い、水温は25~27℃とし、餌料には当初シュリンプ、みじんこ等を、後に熱帯魚用粉餌を与えて飼育したが相当の成長をみた。
第Ⅲ期は11月14日以後、すなわち越冬飼育に入ってからであり、第Ⅱ期と同じ水槽2槽に第Ⅰ表の如き組合せで収容した。水槽換えの際は底砂を完全に除去し、槽内は充分洗浄した。

Ⅲ 鰓病の発生状態
前後2回の鰓病による斃死魚出現状態は第1図の通りである。
第1回の発病は搬入後8日前後、すなわち第Ⅱ期に起り、発生したのは3槽中A水槽のみであつた。
当初魚の行動が不自然となり、呼吸困難症状を示す。病状が進行するにつれ尾鰭、背鰭等にかすかな白点様物質が肉眼視出来る様になり、食欲は減退する。異常行動が認められてから4日前後より斃死するものが現われ、11日間継続して斃死個体が出ており、A水槽収容魚の70%が斃死した。尚種類間の罹病率及び斃死率の違いは認められなかった。
発生水槽水中には多数のDinoflagellataが認められたので最初の斃死魚が出た時から治療として硫酸キニーネ・メチレンブルー処理及び殺菌灯の照射を行ったが、治療直後にDinoflagelataは認められなくなり、又10日後には斃死魚も出なくなったので一応効果があったものと考えた。
第2回の発病は第Ⅲ期に起り、搬入後117日、すなわち第1回発病が止ってから66日目にA水槽に斃死個体が出ている。罹病魚はいずれも第1回の場合と同様に鰓及び皮膚の一部にかすかな白点様物質が認められた。この症状の斃死個体の出ていないB'水槽の魚にも若干認められ、又DinoflagellataはA'、E'両水槽に認められた。A'水槽の斃死個体は10日間継続して出ており同水槽収容魚の88%が斃死した。治療としてはメチレンブルー処理、殺菌灯の照射をA、B両槽において行ったが、B'では病状が進まず斃死魚は出なかった。

Ⅳ 病原虫の寄生状

態呼吸困難症状から鰓寄生が考えられたので斃死魚の鰓を顕微鏡下で観察したが、病原虫が鰓組織から脱落するのが非常に早いため、当初は鰓寄生を見逃す事が多かった。斃死寸前の個体の個体を検競すると写真1の如く密集して寄生しているのが認められたが、斃死後30分経過するとその半数以上が脱落し、1時間後には殆んどが脱落するのを観察出来た。鰓に寄生する状態は写真2の如く病原虫の細胞の一部が鰓葉の組織に結着している。

第1表
(おやびっちやの鰓葉に寄生する病原虫×100)

病状の進んだ罹病魚では餅・皮膚に若干の白点様物質が認められたが、これも病原虫の寄生によるもので写真3が尾鰭に寄生している状態である。しかし鰓寄生に比べればその寄生密度は非常に小さいものである。

(鰓葉織に結着する病原虫の状態×300)

鰭及び皮膚に寄生するものは鰓の場合よりも鰭及び皮門の組織に深く潜入する傾向がみられ、斃死後相当時間が経過しても脱落しないものが多かった。

(おやびっちやの尾鰭に寄生する病原虫×100)

Ⅴ 病原虫の発育段階

普通、寄生性のDinoflagellataは自由遊泳期→寄生期→Cist→自由遊泳期の生活史をたどるものと考えられるが、水槽水中、魚体及び水槽砂中より得られた病原虫について観察した。各発育段階の状態・性質は次の通りである。

i 自由遊泳期
水槽水中にはCopepoda,Citliata等数種認められたが、このDinoflagellataが圧倒的に多く、又発病水槽にだけ認められたことから病原虫の遊泳期のものと推定した。
体長は平均長径19μ、短径9μで鞭毛が確認出来た。この遊泳期に対してメチレンブルー・硫酸キニーネは従来の使用濃度で充分致死効果が認められ、又殺菌灯の照射も効果的であった。

ii寄生期
罹病魚の特に鰓に寄生しているもので、細胞の一端がのびて鰓や鰭の組織に附着している。細胞は不透明であり、寄生魚が斃死すると速やかに各寄生組織より脱落する。平均長径66μ、短径38μである。

iii Cist
水槽底部に相当数認められたが、これは魚体から脱落したものと考えられる。これらは斃死魚から脱落せしめたものと全く同一形態をしている。脱落直後(写真4)では寄生期のものより短径が増し平均長径61μ、短径52μであった。

(魚体より脱落直後のcist×300)

(2cell stageのCist×300)

Cist内で分割している個体もあり、2 cell stage(写真5)、4 cell stage,8 cell stage(写真6)が普通に認められ、最高32 cell stageまで観察出来た。
斃死魚体から脱落させたものについて飼育を行い、この分割状態を観察したが、水温25℃で脱落24時間後には1cellstage 64.4%,2 cell stage 30.5%,4 cell stage 5.1%であり、48時間後には1 cell stage 7.4%,2 cell stge 8.0%,4 cell stage79.4%,8 cell stage 6.2%となっている。

(8 cell stageのcist×300)

室温(18℃~0℃)で魚体から脱落せしめた病原虫を3日間放置し、後に水温を25℃に上昇せしめてその分割を観察したが、室温では分割は起らず、25℃に上昇後正常な分割が認められた。
メチレンブルー、硫酸キニーネ,紫外線に対しては極めて強い抵抗性を持ち、相当高濃度及び長時間の照射結果でも致死させる事は出来なかった。

Ⅵ 考察

Dinoflagellataの寄生を原因とする魚病には淡水魚におけるCostia病、Velvet病があるが、海水魚においてはNigerelli(1936)の発見によるOodinium disease又はCoral fish diseaseと呼ばれているものの報告があるのみである。
この魚病はVelvet病の病原虫であるOotlinium lineneticumと属を同じくするO.ocellattinの特に鰓寄生によるもので、欧米外国の水族館において大量発生して大きな被害を被る事が報告されている。我国においてはまだその報告を見ないが、道立水族館において起った鰓病はその症状、病原虫の性状、罹病魚種等においてOodinium diseaseに酷似する点が多かった。

参考文献

1 R.R.Kudo;1931
Handbook of Protozoology Spningfield
2 R.F.Nigrelli;1936
The Morphology,Cytology and Life-history of Oodinium ocellatum, a Dinoflagellate Parasite on Marine Fishes.
Zoologica 21 (3)129~164
3 R.P.Dempster;1956
Copper sulfate as a cure for Oodinium disease
Aquarium Journal,May'59.193~199
4 C.Van Duin Jur.;1957
Diseases of fishes