魚病治療の面よりみた開放式大プールの利用について
発行年・号
1960-02-01
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
所 属
みさき公園自然水族館
執筆者
荒賀忠一
ページ
1〜3
本 文
広島市安佐動魚病治療の面よりみた開放式大プールの利用について
みさき公園自然水族館 荒賀忠一
まえがき
当館の第3号大プールはイルカ類の飼育を目的とする開放式のプールであるが、昨1959年8月に給排水設備の改良が完成し、その結果、水質が大いに向上した。同年8月より12月迄の間、このプールに於て病魚の自然的治療を試み、かなりの効果をみたのでその概要を報告する。
Ⅰ プール及びその給排水の構造
(1)プール:面積16.5m×26.0n=413㎡、水深2.7m水量1,250トン、西側面に観覧ガラス窓(1.2m×1.2m×3cm)8枚
(2)給排水:給水は槽底全面にほぼ等間隔に開口する14カ所の給水口から噴出する形式で、海水の汲上げには20馬力ポンプ2台(通常1台のみ運転)を用い、水族館前80m沖合の海底より採水している。ポンプをフル運転した場合の給水量は毎時320トンである。排水はプールサイド全域に設けた排水溝よりオーバーフローする方式である。
Ⅱ 水質
8~12月の水温、比重、pH、溶存酸素量について第1表に示す。
第一表
従来は6月より8月にかけて本プール内に多量の植物性プランクトンが発生し、赤潮様の状態となるのが常であった。これは換水率が良くないために(給水量110トン/時)イルカの排泄物が蓄積し、有機物が多いのに加えて太陽の直射を受けるためであったと考えられる。給水能力の増加により、今後はこのプランクトンの異常発生を阻止できると思われる。
Ⅲ 治療及びその確認の方法
治療というよりは、むしろ隔離にすぎないが、病魚を本プールに収容するのに次の3方法を用いた。
(1)プールに放す(重症魚や観賞価値を著しく減ずる状態となったもの)
(2)水面近くに容器(籠又は網)に入れて垂下する(観察や給餌に便利)
(3)容器に入れ水底におく(主に眼球突出症に適用)
治療効果の確認については、症状が全く消失し、摂餌良好となったものを以って回復とした。容器に入れた場合、その確認は問題でないが、プールに放ってしまった場合は曳網により再捕確認した以外に、側面ガラス窓ごしの観察(ガラスが入っているのは一側面だけであるが魚は比較的この近くに集る)及びアクアラング潜水による観察によった。
Ⅳ 自然的治療の結果
当館で発生をみた魚病中、最も多い白点病、眼球突出症、外傷について述べる。
(1)白点病:周知の如く鹹水性白点病の治療は極めて困難で、各館で種々の対策が行われているが、まだ決め手となるべきものはない。本病の症状は感染して2~3日で斃死に至る急激な場合もあるが、一般には症状が現れてから斃死に至るまでの間には数日を要するようで、当館での観察結果では後者の例がはるかに多い。発病のごく初期において積極的に硫酸キニーネその他の薬品による病原虫駆除を行って、一応治療又は病勢の抑制に効果があっても、薬品の効果がなくなれば新たに胞嚢より游出した病原虫により再発病させられる。そこで消極的な方法ではあるが新たな病原虫の寄生を防ぐと共に生活環境を良くして最初に寄生した病原虫が魚体から自然に離脱するまで魚を生存さすため、開放式のブールに隔離する手段をとった。
(イ)軽症魚の隔離:供試した魚種及び回復の状態は第2表に示す通りでこれ等の症状は体表、各鰭、眼球角膜等に小白点が散在する程度のものである。
(ロ)重症魚の隔離:症状が進み皮膚がケロイド状を呈してから、本プールに放ったものは、ハコフグ、オキナヒメジ、ササノハベラ、フエダイ、フエフキダイ、クロボシフエダイ、シマフグ、オオモンハタ、ルリハタ、マダイ、メイチダイ、メガネハギ、イラ、ブダイ、ニジハタ等15種90点を算したが、その内回復したものは皆無であつた。
以上の結果からみると白点病については初期症状の間に自然海水プールに隔離して病原虫の脱落を待つ消極的方法が案外効果的であるといい得る。尚病魚より游出した病原虫は本ブール内で被嚢、分裂して繁殖する事が考えられるにもかかわらず、このプールに収容した健康な魚が罹病した事実はない。この理由としては水量が豊富であるため、游出した仔虫が魚体に寄生する機会が少なく、流れ去ってしまうからであろうと推察されるが、真因については未解明である。
(2)眼球突出症:本病の原因については、溶存ガスの過飽和説、パクテリヤ説、水圧説等種々論議されているが真因は明らかにされていないように思われる。水圧説が有力な原因であると仮定すると、本プールは水深が一般観覧魚槽のほぼ2倍あるので、加圧による症状の軽減が期待できる。この前提の下に罹病魚(エビスダイ、カケハシハタ、マアジ)を容器に入れて、プール水底に5~10日間おくテストを行ってみたが効果は認められなかった。ただ例外的にプールに放ったマハタ2尾に症状消失したものが認められた。
(3)外傷:新魚補充の際、損傷が著しく、供覧に適さない魚の内、比較的元気で充分回復の見込みのあるものは予備水槽で静養させるが、そうでないものはすべてこのプールに放った。その大部分は斃死するが、中には体力をとり戻して外傷も癒り、損傷した鰭条の再生したものが若干認められた。クロダイ、ウマズラハギ、マハタ、ノミノクチ等がその例である。又回復の見込がある魚の場合でもこのプールに放ったものは予備水槽に於けるものより速かに治癒する様に思われる。
(4)上述の如く各症状での重症魚は回復して再供覧する事を期待しないため容器には入れずにプールに放った。之等の魚は通常殆んど水底に静止し、泳ぎ廻る事が少ないので観客の眼にふれる事は稀であるが、皆無とはいえない。その場合観覧者に不快の念を与えない様、今後はむしろ重症魚を容器に入れて隔離すべきであろう。
Ⅴ その他の利用
本プールは過去2カ年間に、小アジ、ツバス(ブリの幼名)を蓄養した事があるが、循環式観覧水槽で飼育したものに比し成長度極めて良好であった。又開放式で自然海水を直接ポンプアップしているため、各種無脊椎動物や稚魚類が海水と共に流入し、プール内で成長する例が多く、それらの内、観賞価値のあるものは揃えて供覧した。これ等については稿を改めて報告したい。
まとめ
以上述べた如く、病魚─殊に白点病初期のもの─を開放式大プールに隔離する方法は海水々温が高い5~11月の期間しか実施できない缺点はあるが簡単且有効な治療法であると考えられ、今年も引き続いて試みる予定である。実施に際し、本プール元来の使途であるイルカ類の供覧に差支えないよう注意することは云う迄もないが、隔離容器をなるべく観覧者の眼にふれぬ位置におき、かつ収容魚類の世話に便利なものに改良することが今後の課題であろう。
文献
四竈安正:1937,鹹水性白点病について(予報)、水産学会報、Vol.7,No.3
藤田経信:1944,魚貝の疾病、興亜日本社
有馬健三:1959,飼育海水のガス溶存量とガス病について、第3回水族館技術者研究会報告書 日・動・水・協
須磨水族館:1959,昭和33年度に於ける当館の魚病対策について、同上
岡本仁氏、橋本礒:1959,鹹水性白点病について(第1報)、動物園水族館雑誌、Vol.I,No1