猿の結核症診断法について
発行年・号
1959-01-01
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
所 属
横浜市野毛山動物園,日本大学農獣医学部家畜伝染病学教室
執筆者
小堀 進,大田亨二
ページ
5〜7
本 文
広島市安佐動猿の結核症診断法について
(横浜市野毛山動物園)
小原二郎
(日本大学農獣医学部家畜伝染病学教室)
小堀 進、大田亨二
1)はじめに
飼育下の猿に結核を認めた例はすでに多数の報告(1)がある。本邦においても最近数例の報告があるが、いずれも生前診断については積極的な方法が示されていないようである。著者の一人小原(2)は1954年日本動物園協会第1回獣医技術者研究会において、ツベルクリン反応検査の一術式を示し、数例の実施例を報告した。著者ら(3)はその後の観察によって得られた知見を、第45回および第47回(1958年、1959年)日本獣医学会に報告した。本編においては、第47回日本獣医学会において報告した事項の中、旧ツベルクリン皮内注射に対する猿の反応態度について述べ、あわせて生前診断に対する他の検査方法を考察する。
2)実験材料および方法
実験に供した猿は、野毛山動物園に飼育されていた猿10頭、横浜市内の愛好者に飼育されていた猿2頭、および著者らが実験用に飼育していた猿3頭の計15頭で、その種類、体格、性別、成熟度は第1表に示す通りである。
第1表 供試個体
(以下OTと略す)で10倍液、および100倍液である。注射は皮内注射用2段針を装した微量注射筒を用い、右前月専内側皮内に10倍液、左前月専内皮内に100倍液、右上眼瞼皮内に100倍液をそれぞえ0.1㎖宛注射した。従来は眼瞼皮内のみにおいて検していたが、眼瞼以外の部との反応の現れ方を比較すると同時に、反応は今までの経験によれば注射局所のビマン性発赤、腫脹として現れ、また硬結を示すものはなく、反応を定量的に観察出来なかったので、今回は注射局所の皮膚の厚さを計測して目安とし、注射前、注射後24時間、48時間、72時間の4回検査した。
血液の検査は肘静脈より採血し、血沈はWestergren法、血球数はThoma、血球素量はSahli氏%により記録した。なお採血に際しては第1図に示す保定具を用いて実施した。
レントゲン写真の撮影は、チオベンタールナトリユームの静脈内注射による麻酔を応用し、麻酔下において撮影した。照射の方向は背腹方、側方と、仰ガ位で断層撮影を実施したものもある。背腹方、側方の撮影に際しては、体幹を懸垂し、直立位として撮影した。断層撮影では、吸気時の撮影が好ましいが、呼吸の静止を整出来ないので、呼吸間隔とタイマーの関係を考えて、呼気後の休止期に撮影を実施した。撮影の条件は、管電圧50,000V、電流5mA/Sec、照射距離150cmを標準とした。
3)実験成績
1、ツベルクリン皮内反応
従来のOTによる眼瞼皮内反応の検査に反応を示さなかったもの14例の、OT10倍液と100倍液の前月専皮内反応と、OT100倍液の眼瞼皮内文応との比較は第2表に示すごとく、10倍液の皮内注射では、一時的の発赤、腫脹を示すものが多く、100倍液に比して反応がやや強く現れるようである。第2表またM17の1例を除き、いづれの部位にも共通して72時間持続して反応したものはなかった。眼瞼の反応と、前月専の反応が一致せず、前月専の反応が一見やや強く現れているのは、注射部の保護が出来ず、猿自身の掻爬によるものがあると考えられる。これらの反応を示さぬものの一部より得られた数値と、従来より反応のあった1例が示した成績とを比較してみれたM13のレントゲン写真は第2図のごとくで、左上葉に病巣がわずかに認めらる。さらに第3図に示す背面より6cmの断層撮影により、病巣は明瞭に認められた。OT皮内注射に反応を示さず、血健がやや促進されていたGMIは、第4図に示すごとく、レントゲン写真には何ら病巣影は認められなかった。
4)考察
最近本邦における猿の結核症に関する報告ば第3表に示す通りで、反応を示して来た1例はいずれの部位においても反応は72時間持続していると同時に、100倍液に比して10倍液には強い反応を示している。
第2表 従来「ツ」に反応を示さないものの眼験および前月専皮内反応
第3表 「ツ」友陰性群と結核罹患個体の「ツ」反応成績比較
第4表 血液所見
2、ツベルクリン皮内反応と血液所見
次にこれらの血沈値、血球数、血球素量は第4表に示す通りで、(都合によって検査の出来なかった2例を除く13例)従来より反応を示していたM13例は、血沈値の著明な促進が認められる。またツ反応検査において、眼険のみ72時間持続して反応を示したM17例は、血沈値において他の健康と考えられる個体との差は認められない。ツ反応検査において、反応を示さなかったGMIは、血沈値がやや促進されている。
血球数、血球素量については、ツ反応のあったものと、なかったものとの間に著しい差は認められない。
3、レントゲン写真
OT皮内注射に対し反応を示し、血沈値の促進を認めをみれば、高木ら(4)の報告は斃死例の報告である。朝久野ら(5)は、臨床上の一般的症状と、レントゲン写真の所見にもとづいて、肺結核と、股関節炎を診断している。遠際ら(6)は、臨床上の一般症状と、穿刺によって得らえた腹水より抗酸菌を検出し、生前診断を得た後に薬殺して検索している。その他の報告に生前診断の方法を求めれば、Schroederら(7)は身体検査、体重曲線、ツベルクリン熱反応、レントゲン検査を診断の方法としている。Kennardら(8)はOTまたはPPDを0.1㎖眼瞼に注射する方法により、注射局所の発赤、浮腫、腫脹、あるいは小部分のエ死をもって反応するものを陽性反応として取扱っている。Bensonら(95はレントゲン写真とツベルクリン反応を併用する方法をとっており、このツ反応はOTの10倍液、または1:1.5 Standard B.A.I Mammal Tuberculinを0.1㎖眼瞼皮内に注射し、注射後24時間から72時間にわたる注射局所の発赤、腫脹、小部分のエ死を示すものを陽性の反応として取扱っているが、彼の報告ではツベルクリン反応の検営より、レントゲン検査が先行している。Schmid(10)はツベルクリン反応およびレントゲン写真によって診断しており、ツベルクリン反応は、OTの10倍液から10,000倍液までの4種を、それぞれ0.05㎖づつ腹部の皮内に注射し、反応を検している。
これらの報告において、ツベルクリン皮内注射に対する反応を検することが、結核症診断に有用であると認めているが、猿の反応を定量的に観察した記録がなく、反応の態度が抽象的に述べられているのみである。またツベルクリン熱反応は、猿の体温測定そのものが必ず正確に行なえることは望み難く、実際的価値は疑問である。レントゲン検査は有効な手段であるが、早期の診断は困難と考えられ、また胸腔、あるいは骨以外に病巣があった場合(6)(11)を考慮すると第一次検査の手段としては必ずしも適当とは認め難い。
著者らの従来からの経験によれば、OTの100倍液を眼瞼皮内に注射した場合、反応がビマン性の赤発、腫脹をもって現れるため、定量的観察が困難なので、前月専皮内に応用し皮膚の厚さを目安とし、判定の定量的解析えの考慮をしたが、結果は前月専皮内では猿の掻爬などがあり、希望条件が満されないことがわかった。またこの際10倍液の適用を試みたが、必要以上の刺戟があるように認められた。このことから彼自身の掻爬を受け難く、反応の状態が必ずしも保定せずとも視診によって認められる眼瞼皮内法がもっとも有効で、使用するOTは100倍液が適当と考えられる。判定は発赤、腫脹などの反応が、注射後24時間から72時間にわたり持続するものは、一応結核症の疑をもつべきであると考える。血沈値の変動は病勢の判断に役立つものと解しているが(12)、これは診断の補助的手段として実施すべきものである。胸部のレントゲン検査は諸家が実施しているが、従来の報告では体位、照射の方向、写真撮影条件などに対する解説が行われていない。猿の胸腔は人に比して肺炎部が狭く、背腹方向の厚さと、横の厚さの差が少く、横隔膜が広い。そのため無麻酔で仰ガまたは腹ガ位での写真撮影では、脊柱と胸骨とを主放線下に定置することが困難と考えられ、加えて腹部臓器の影響を受けて横隔膜が胸腔側に大きく推し上げられることも避け難い。これらの欠点と騒じょうを避けるためには麻酔下で、直立位で撮影するのが好ましく、この場合短時間の麻酔にはチオペンタールナトリユームの静脈内適用が好適である。また普通写真のみでは読影が困難な場合もあり、疑わしい場合には連続する断層撮影を実認すべきである。
このほか、飼育観察の結果認められる一般的症状については、病巣に応じた症状があり諸家の報告するごとくである。
5) 飼育猿群の中から、結核罹患のものを見出す積極的方法を考察し、次のように要約する。
1、第一次の方法はツベルクリン反応が有効で、OTの100倍液を上眼瞼皮内に注射し、局所の発赤、腫脹などの反応が、注射後24時間から72時間の間持続するものは一応結核症を疑うべきである。
2、次に疑わしきものについては血沈、およびレントゲン検査を実施すべきで、レントゲン検査は麻酔下、直立位の撮影と、さらに断層撮影を応用すべきである。
終りにツベルクリンを御恵与下された、予断の関係諸先生、レントゲン検査に御協力下された、横浜市大医学部放射線科の諸先生に感謝致します。
文献
1) Halloran P.O.,(1955) A Bibliography of Refer ences to Diseases of Wild Mammals and Birds,Veterinary Research 16
2) 小原二郎、(1954)猿猴類のツベルクリン反応について、日本動物園協会 第1回獣医技術者研空会報告 P32~35
3) 小原二郎、外、(1958)動物園に発した猿の結核について、日本獣医学雑誌、20.6.(学会号)F281
4) Takgi S,et al,(1955) Tuberculosis in a Monkey,Bulletin of University of Osaka Prefecture Ser B5 P79~875) 朝久野昭三、笹田成夫、(1958)宇部市宮大路動物園に於けるさるの肺結核症について、実験動物 7P21~24
6) 遠藤元清、外、(1958)サルにおける人型結核菌感染の1例、日本獣医師会雑誌、11.7. P308~310
7)Schroeder C.R.,(1938) Acquired Tuberculosis in the Primate in Laboratories and Zoological Collection, American Journal Public Health 28 P469~475
8) Ke nnard M. A., et al,(1939) A Cutaneous test for Tuberculosis in Primates,Science 89 P442~443
9) Benson R.E.,et al,(1955) A Tuberculosis Outbreak in a Macaca Mulatta Colony,American Review Tuberculosis and Pulmonary Diseases,72 P204~209
10) Schmid L.H.,(1956),Some Ob servation on the Utility of Simian Pulmonary Tu berculosis in Defining the Therapeutic Potentiali ties Isoniazid,ibid 74 (Part Ⅱ) P138
11) Fra ncis J.,(1958) Tuberculosis in Men and Anima is London
12) 小原二郎、外、(1959)動物園発に生した猿の結核について、実験動物 8 P15~211