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第36回海獣技術者研究会
発行年・号 | 2011-52-02 |
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文献名 | 第36回海獣技術者研究会 |
所属 | |
執筆者 | |
ページ | 116〜124 |
本文 | 第36回海獣技術者研究会 Ⅰ. 開催日時:平成22年11月16日(火)〜17日(水) Ⅱ. 開催場所:島根県立しまね海洋館・浜田ワシントンホテルプラザ Ⅲ. 参加者:43園館79名、会友1名、副会長1名、研究会事務局1名、オブザーバー1団体2名 Ⅳ. 発表:研究発表(口頭)21題 Ⅴ. 宿題調査:鰭脚類の健康管理について(大阪・海遊館) Ⅵ. 懇談事項: 1)次期宿題調査についてテーマ「バンドウイルカの繁殖について」(鴨川シーワールド) 2)研究会事務局からの連絡 3)その他 Ⅶ. 次期開催地: 平成23年度 男鹿水族館GAO 平成24年度 名古屋港水族館 Ⅷ. 施設見学:男鹿水族館GAO 第36回海獣技術者研究会発表演題および要旨 ○は演者 〔研究発表・口頭〕 1.ネズミイルカの飼育:前田義秋、勝俣悦子、○山本紗希、野村美佳(鴨川シーワールド) ネズミイルカ(Phocoena phocoena)は、北半球寒帯及び亜極海域に生息する小型のイルカで、北大西洋沿岸、北東太平洋の個体群に関しては多くの調査研究があるが、日本近海の個体群の報告は少ない。鴨川シーワールドでは2007年2月12日に、千葉県鴨川市の定置網に迷入したメス1頭を、水産庁の許可を得て飼育を開始した。 飼育気温を20°C以下、水温を17°Cに設定した2ヶ所の屋内プール(水量603㎥、230㎥)で、シロイルカ(Delphinapterus leucas)3頭と一緒に飼育し、照明の点灯時間は日照時間に合わせた。搬入時の体長は163cm、体重は55kgで、体長は2年5ヶ月間に16cm成長し、179cmで一定となった。最大体重は69.8kgで、体重増減及び脂肪層の厚みの季節性は認められなかった。月別の平均摂餌量は3.7〜7.8kg/日、年別の体重維持摂餌率は7.8〜12.9%で、成長とともに低下する傾向を示した。血中プロゲステロン濃度は、2008年及び2010年の8〜9月に基底値以上の上昇(2.3〜9.1ng/mL)を確認し、夏から秋にかけて発情期がある可能性が示唆された。しかし、2009年は年間を通して上昇が認められなかったので、繁殖生態に関してはさらなる調査が必要である。健康面では、2009年12月頃より食欲を欠く事が見られ、2010年4月に食道壁の炎症、胃液内に線虫子虫、腹部皮下に線虫の寄生を認めた。食道壁の炎症にはアルギン酸ナトリウム、寄生虫症にはサイアベンダゾールの投与で好転した。他にも肝機能値の上昇が散発的にみられたが給餌量、餌料種の変更及びビタミン強化、ウルソデオキコールの投与で好転している。 2.シロイルカ1例における授乳行動、授乳時間および乳成分について:○三島有紀、椋本浩二、森 陽子、吉野美香、平山美津子、佐々木奈央、田邊健人、足達浩司、大辻 功(島根県立しまね海洋館) 島根県立しまね海洋館で2009年8月に出生したシロイルカDelphinapterus leucas1例における生後約1年間の授乳行動、授乳時間の変動および母乳成分の分析結果について報告する。 母獣は、1999年9月にロシアから搬入した個体(呼称アーリャ、出産時、推定年齢11〜13歳、体長374cm、推定体重600kg)で、2009年8月3日にオスの子獣(推定体長160cm、推定体重60kg)を出産した。出産後1ヶ月は24時間/日、2ヶ月目は12時間/日、それ以降は毎給餌後30分間(3時間/日)の観察を行い、授乳行動や授乳時間を調査した。それに加え、1歳に到達するまでは週に一度以上の頻度で24時間観察を行った。 初期の観察によって得られた授乳時間は、Robeckら(2005)がまとめた4日齢で最長授乳時間を示す変動パターンとは異なり、8日齢で71.3秒/時と最も延び、その後緩やかに短縮し、以降20〜30秒/時で安定した。また、一回あたりの授乳時間は、4日齢で15.7秒/回と最も時間を延ばした後、急激に短くなり、4.5〜6.0秒/回でほぼ安定した。生後6ヶ月目以降には、授乳時間が極端に短くなることもあり、周囲の環境の変化や母獣の不安定さに影響を受けたと考えられた。生後9ヶ月目には、母獣の発情に起因すると考えられる授乳不良での体調悪化を認めたが、本種ではやや早期の9ヶ月半で魚を安定して摂餌し始め、経口補液剤も同時に自力摂取させることで復調した。 授乳行動が安定した生後1ヶ月以降は、搾乳により母乳を採取し、1ヶ月毎にまとめて成分分析を行った。その結果、既知のシロイルカ乳汁中の固形分および脂質の値41%、27%(Lauer et al., 1969)に対し、それぞれ34.4%、21.8%とどちらも低い値となったが、乳汁の成分には個体差があるとされており、今後、授乳期間内での成分の変動も含め、さらに調査していきたいと考えている。 3.スナメリ死亡個体からの精子回収の試み:○岩田知彦 1) 5)、大島由子 1) 5)、石橋敏章 2) 5)、高田浩二 1) 5)、田中 平 3) 5)、吉岡 基 4) 5) (1) 海の中道海洋生態科学館、2) 下関市立しものせき水族館、3) 大分マリーンパレス水族館、4) 三重大学大学院生物資源学研究科、5) 瀬戸内海西方海域スナメリ協議会) スナメリは水産資源保護法対象種で、新規入手は困難であり、持続的に展示するためには計画的な繁殖が必要であるが、飼育下繁殖はあまり進んでいない。人工授精を進めるため、精子の冷凍保存を目指し、死亡個体からの帽子回収を試みた。 供試個体は飼育下や混獲、ストランディングで死亡した個体で、回収にあたっては精巣、精巣上体、輸精管をまるごと摘出し冷蔵、もしくは輸精管及び精巣上体から精液の採取を水族館で行い冷蔵した。摘出した生殖腺あるいは採取した精液は冷蔵宅配便や航空便にて三重大学に輸送し、性状確認後、ある程度の精子濃度があるものについては凍結保存を行った。 精子の回収は、2006年3月から2010年5月の期間に、6個体について試みた。このうち4個体は瀬戸内海・響灘系群、1個体は有明海系群で、体長156〜173cm、精巣重量(片側)295g〜919gであった。このうち回収が可能であったのは3個体であり、残り2個体は、精巣が収縮傾向にあったことと回収時にすでに腐敗が始まっていたことにより回収には至らなかった。回収できた3個体の精液については三重大学において、Robeckら(2001)の方法を一部改変した吉岡ら(2005,2007)によるストロー法により凍結保存した。このうち2回では解凍後の精子生残率が著しく低下していたが、1回では凍結前に50%であった精子生存率が、融解後は5〜10%になり、良好とは言えないものの若干の精子の凍結保存に成功した。以上のように事例を重ね、精液の回収と凍結作業に移す手順までは可能になったが、凍結融解後の精子生存率は十分ではなく、精液回収時における血液の混入を防ぐ操作、凍結保存条件の再検討などが今後の課題である。 4.育下鯨類のマイクロデータロガーを用いた心拍数の測定:○古賀壮太郎 1)、平子 健 1)、鈴木美和 2)、友重美香 2)、徳武浩司 1)、照屋秀司 1)、宮原弘和 1)、内田詮三 1) (1) 沖縄美ら海水族館、2) 日本大学) 飼育下鯨類の心拍数の計測は、疾病発症時や輸送時に健康状態を把握する目的で行われている。本実験では、受診動作訓練により小型心電図用ロガー(以下ロガー)を装着することで、動物に負荷をかけることなく心拍数を計測することを目指した。 供試個体として、ロガー及び吸盤一体型電極の着脱、潜水静止時の姿勢維持、機器を装着しての通常遊泳といった受診動作が完成した雄のミナミバンドゥイルカTursiops aduncus 2頭(個体名:ムク、体長258cm、体重189kg、1975年搬入と個体名:クロ、体長260cm、体重190kg、1975年搬入)を用いた。実験は平成22年8月4・5日に実施し、平均水温は30.0°C、平均気温は31.5°Cであった。ロガー(リトルレオナルド社、M400-ECG:国立極地研究所より貸与)と吸盤一体型電極は、胸部および背部に装着した。各個体について、10分間の通常遊泳を1回、プール底(水深3m)で3分間の潜水静止を2回実施し、心拍数の計測を行った。 その結果、診察用心電計を用いた場合と同じく、下向きのR波をもつ明瞭な心電図波形が得られた。また、R波の解析により心拍数を算出したところ、通常遊泳時の平均心拍数は、ムクで77.3±9.0回/分、クロで101.5+18.2回/分であった。また、潜水静止時の平均心拍数はムクで40.8±2.6回/分、クロは48.3±7.5回/分であり、通常遊泳時に比べて低く、その比率は遊泳時を100%とした場合、ムクで52.7%、クロで47.6%であった。この潜水中の心拍数の減少は、潜水徐脈であると考えられた。また、潜水浮上直後の平均心拍数は、ムクで100.4±4.4回/分、クロで114.0±14.8回/分となり、通常遊泳時よりもやや増加した。これらの潜水による心拍数の変化は既知の報告と一致しており、本実験に適用した手法は飼育下鯨類の心拍数を把握する有効な方法であると考えられた。 5.シャチの船舶輸送について:漁野真弘、○阿久根雄一郎、神田幸司、福本洋平、祖一 誠(名古屋港水族館) 名古屋港水族館は、2010年6月17日から18日にかけて太地町立くじらの博物館(以下、くじら博)で飼育していたシャチOrcinus orcaを船舶輸送したので輸送経過について報告する。 対象個体は、推定年齢27歳のメスのシャチ(国内血統登録番号:7)で、輸送時の体長は592cm、体重は2,870kgだった。輸送には砂利運搬船(以下輸送船)を用いた。輸送船は総トン数499トン、全長69.3mで、長さ24m、幅10m、深さ6.6mの船随を備え、この船艙内に海水を入れてシャチを泳がせながら輸送した。シャチが飼育されている入江の地形的な問題等により輸送船が、接岸することができなかったため、くじら博から和歌山県勝浦港までウェットスリング方式によりシャチを台船で輸送し、勝浦港内で台船上の輸送コンテナから輸送船に移動した移動時の輸送船の船槍は、水深1.2mとし、シャチの行動に問題がないことを確認した後、3.7mとして名古屋港に向けて勝浦港を出航した。海況は、波高1.5m以下と穏やかであった。船愉内での動物の状態は、比較的に落ち着いており、定期的に投入したサバを摂餌し、条件付けされた簡単な動作の合図にも正しく反応した。名古屋港には深夜に到着したが、安全性を考慮してプールへの搬入作業は夜明けを待って開始した。船随水深を1。0m程度まで浅くし、シャチを輸送コンテナに収容し、ドライスリング方式によりトラックで約200m移動、ホイストクレーンにて医療用プールに搬入した。シャチの取り上げ開始から搬入まで23時間20分(船舶輸送時間は、15時間20分)を要したが、搬入後のシャチは体の痺れなどの異常は無く、搬入30分後には摂餌も確認され、経過は良好であった。同型の船を用いたシャチ輸送は2回目であったが、施設の立地条件によっては、動物に対する負担はきわめて低い輸送方法だと考えられる。 6。シワハイルカのシグネチャーホイッスル(個体識別鳴音)について:○渡辺 梓、平子 健、小野英彦、徳武浩司、照屋秀司、宮原弘和、内田詮三(沖縄美ら海族館) 鯨類のシグネチャーホイッスルは、群れの維持に役立っていると考えられている。飼育下バンドウイルカでは、90%以上の割合で使用しているとの報告がある(Caldwell et al., 1990)。シグネチャーホイッスルの研究は主に、個体識別が容易な飼育施設において行われている。本調査は、飼育下のシワハイルカSteno bredanensis 2頭(個体名:サクラ、雌、体長226cm、体重94kgと個体名:ミンタ、雄、体長223cm、体重104kg、ともに2008年搬入)のシグネチャーホイッスルの存在について行った。2009年11月11日、水槽(直径15m、水深3m、容量500㎥)で他種と混合飼育中のサクラの鳴音をAquafeeler(SIT社製)で収録した。結果、周波数8.6〜12.4kHzのホイッスルが80件抽出され、本個体のシグネチャーホイッスルである可能性が示唆された。2010年4月2日から同年4月5日に、水槽(長径18m、短径12m、水深3m、容量500㎥)で単独飼育中のミンタの鳴音をOCARINA(SIT社製)で収録した。結果、周波数9.5〜12.0kHzのホイッスルの出現率が全体の約90%を占めており、本個体のシグネチャーホイッスルである事が示唆された。2つのホイッスルは、周波数変調が異なるホイッスルであり、2頭が同一のホイッスルを使用する事はなかった。2頭は同じ群れである可能性が高く、それぞれが異なるホイッスルを発達させている事は、群れの中での個体識別に役立つものと考えられる。飼育下では、隔離されるとシグネチャーホイッスルの使用が増えるとの報告がある(JanikandSl at er., 1998)。本調査においても、ミンタは単体飼育となった調査1日目に最もシグネチャーホイッスルを発し、徐々に発声数が減少した。シグネチャーホイッスルの発声数は、単独飼育という環境への順応に従って減少する事が示唆された。今後、他個体の鳴音を除去した録音方法を開発し、シグネチャーホイッスルと飼育環境との関係などを調べていきたい。 7.「アシカとアザラシの違い」を解説する取り組みについて:○菅原由梨(鶴岡市立加茂水族館) 鶴岡市立加茂水族館では、カリフォルニアアシカZalophus californianusとゴマフアザラシPhoca larghaの2種の鰭脚類を飼育展示している。来館者が、アシカとアザラシを混同している様子が度々見うけられていたため、2007年よりアシカショーの中で「アシカとアザラシの違い」を理解してもらえるよう解説を取り入れている。内容としては「歩き方」、「泳ぎ方」、「耳の構造」の違いを、パネルやカリフォルニアアシカの種目を交えて行っていた。2009年、来館者にショー終了後、2種の違いについてアンケート調査を行ったところ、ショーを見て違いがあることは理解できたものの、どのような違いなのかについて理解するまでには至っていなかった。そこで、より多くの来館者に違いを理解してもらうため、アザラシ舎を2つ、ショーステージ脇に増築し、アシカショー直後にアザラシショーを行うことにした。当初は1つの舎に複数収容していたが、安定しなかったため、現在では1つの舎に1頭を収容し、交互にショーを行っている。また、アザラシショーでは、観客席近くに台(面積3㎡)を設置し、希望者に対して解説を行い、触れることができるようにした。アザラシショーを行い、実際に2種の「歩き方」を見てもらうことで、違いを理解できたという回答が92%得られたが、アザラシに触れる体験におけるアンケート調査では、アシカとの違いを理解できたと回答した人は8%と低く、違いを理解するところまでには至らなかった。 今後は、多くの人に違いを理解してもらうため、ショープールの観客席側にガラスを配し、泳いでいる姿が観察できるような構造にするとともに、動物や解説パネル などを用いたよりわかりやすい内容を検討しており、将来的には、アシカとアザラシの混合ショーができるよう内容の組み立てを工夫していきたいと考えている。 8.ペンギン舎でのイベント開催について:○山田 篤(東武動物公園) 東武動物公園では、ペンギンについて来園者により深く知っていただくために、飼育・展示施設を新規導入し、参加体験プログラムを実施しているので報告する。 新施設は、①ペンギンと同じ空間にいる感覚を持ってもらえる、②餌あげ体験や飼育体験をおこなうことが出来るイベント性の高さ、の2点を念頭に置いて建設された。施設の構成は屋外飼育エリア(プール面積115㎡、プール容積80㎥、陸地面積160㎡)と、オウサマペンギン、ジェンツーペンギンの夏季室内展示施設(床面積12㎡、空気清浄機1機、換気扇2機、冷房ユニット2機、室温設定:15°C)からなり、2006年春にオープンした。展示種はジェンツーペンギン1羽、オウサマペンギン3月、フンボルトペンギン26羽である。新施設では屋外何育エリアをウォークスルーにし、展示エリアと観線通路の段差を無くすことで、ペンギンを間近に観覧できる工夫をした。さらにウォークスルー内に扉を設け、来園者が気軽にプログラムに参加できるようにした。2010年現在、この屋外飼育エリアで、フンボルトペンギンやジェンツーペンギンに給餌ができる「餌あげ体験」(毎月4回、約40分/回)、屋外飼育エリアをブラシで清掃する「ペンギン舎お掃除体験」(年6回、1時間/回)の2つの体験プログラムと、ボードに描いた絵を用いてペンギンの生態を説明する、生態説明ガイド「ペンギントーク」(毎日1回15分)を実施し、ペンギンの生態について理解を広げてもらっている。以前のペンギン舎では、施設の構造上の問題から参加体験プログラムは実施できなかったが、新施設では、「餌あげ体験」への参加者が1,350名(2007年)、3,924名(2008年)、4,908名(2009年)と、年々増加し、現在も好評を得ている。今後はペンギンの生態のほかに、運動能力を知っていただく体験プログラムの実施を検討中である。 9.巣箱の改良によるニシツノメドリの繁殖例:坂下涼子、神門英夫、齋藤圭史(東京都恩賜上野動物園) ニシツノメドリFratercula arcticaは、専用繁殖巣(約1m長の通路付き巣箱に産座を収容)を備えた飼育施設を持つ葛西臨海水族園が、1992年に国内で初の繁殖に成功した。上野動物園では1995年に同水族園から移管された14個体(5/6/3)の飼育を開始し、1996年に2羽、2000年に1羽の繁殖成育に成功したが、2001年以降は巣箱からの落下による破卵や雛が巣箱から出て死亡する事例が続いた。失敗の原因は巣箱の構造にあると考え、2008年から巣箱の改良に取り組んだ。 本種の飼育施設(5m×12m×H2.3m)は、陸地(3m×11m)と水槽(2m×12m×D3m)から成り、平均気温14.1°C(13.0-17.0°C)、平均水温13.8°C(13.4-18.2°C)である。2008年と2009年の当初飼育数はともに7個体(3/4/0)であった。2008年は、擬岩上に設置した4個の巣箱(40cm×40cm×H35cm)の出入通路(14cmφ)を産座から10cm高くして、卵と雛の巣箱外逸脱の防止を図った。2009年は、葛西臨海水族園の繁殖例を参考にして、長さ50-90cmで20cmφの出入口を持つFRP樹脂製の前室を巣箱に取り付け、産座を暗くすると共に産座から出入口までの距離を長くした。 産座と出入通路に段差を付けた2008年は、1羽が9日齢で頭蓋骨陥没骨折により県外で死亡し、別のペアからの1羽が21日齢で肺炎により巣内で死亡、巣箱改良の効果は見られなかった。FRP製前室設置後の2009と2010年には、2008年産卵の2ペアから各1羽ずつ、計4羽の成育に成功した。 今回、繁殖に成功した要因は巣箱に適切な長さの前室を設置したことにあり、これにより産座周辺が充分に暗くなり、また、同居個体からの抱卵個体や雛への干渉が抑制され、親が抱卵、育雛に集中できたためと考えられる。使用したFRP樹脂は動物舎内の構造物の形状にかかわりなく使用でき、本種等の地中の穴を繁殖に使用する鳥類の繁殖巣の改良に有効であると思われた。 10.セイウチの繁殖について:角川雅俊、○梶 征一、菊池奈美絵、鍵市陽希、杉本美奈、神前和人(小樽水族館) 小樽水族館では1990年8月15日からセイウチOdobenus rosmarusの飼育を開始し、2010年までに父獣(国内血統登録番号6、推定1990年生)と母獣(同20、推定1992年生)との間に4例の出産を認め、うち2例が繁殖に成功している。成功した2例で確認できた母獣の変化と子獣の成長経過について報告する。 1例目(初産)は2002年5月14日に雄、2例目(通算4例目)は2009年5月31日に雌であった。母獣の妊娠の兆候としては、2例とも出産約8カ月前の前年9月下旬より腹部の膨大と体重の増加、乳頭の突出が認められ、出産2カ月前の3月にはエコー検査診断により胎子を確認することができた。出産に備え、出産1カ月前の4月に父母獣を分離した出産は陸場23㎡、水場32㎡、水量65㎥の施設内の陸場で行なわれたが、娩出は確認できていないため、出産時刻を特定するに至ってはいない。子獣を最初に確認したのは1例目で午前8時10分、2例目で午前4時15分であり、1例目は発見から30分後、2例目は4時間後に最初の哺乳が確認された。2例とも3日齢で母獣と水中に入り、遊泳行動が確認された。20日齢での体長ならびに体重は、1例目で102cm、74.5kg、2例目で100cm、76kgであった。魚肉を摂餌するようになったのは、1例目は100日齢、2例目は150日齢で、三枚におろしたホッケの身のみを与えた。その後は摂餌量の増加とともに体重も順調に増加し、300日齢で1例目は210.5kg、2例目は238kgとなった。子獣の成長は、約100日齢までの体重増加率が平均20.8kg/月であったのに対し、以降は平均10.1kg/月と、初期の成長率の高さが顕著であった。なお、2例の間で母獣の行動には大きな差は認められなかった。今後は、子獣の成長にともない発生が予測される犬歯の摩耗と、それに起因する歯髄炎の予防が飼育管理上の課題である。 11.カマイルカの出産と新生子の育成:阿久根雄一郎、○上野友香、杉山麻美、堂崎正博、斉藤 豊、祖一 誠(名古屋港水族館) 国内におけるカマイルカLagenorhynchus obliquidensの繁殖はこれまでに34例認められているが、子が1年以上生存したのはわずか3例にすぎない。名古屋港水族館では2008年12月26日に和歌山県太地町から搬入したカマイルカ2頭のうち1頭(国内血統登録番号388)が妊娠していた。搬入後の母獣は流産することなく、2009年6月4日に雌個体を出産した。新生子は2010年9月現在、順調に成長しており、その経過を報告する。 搬入から出産後5ヶ月までの飼育施設は水量約1,087m2(16m×11m×水深6.5m)の屋内プールで、水中観察窓および水深調整が可能な昇降床を備えている。飼育水温は16.8-25.1°C(平均20.8°C)、気温は6.4-37.5°C(平均21.7°C)であった。妊娠期間中は母獣の健康管理のため、昇降床を用いて体温測定、採血および超音波検査を実施した。出産後は母子共に大きな問題はなく、出産同日に授乳が確認され、その後も順調に経過した。出生から4ヶ月半は親子のみで飼育し、その後は飼育中のカマイルカ1〜2頭との同居飼育とした。 新生子は91日齢に計測を実施し、体長143cm、体重40kgであった。また、歯の充分な萌出を確認した。他館の繁殖事例を参考として97日齢からマアジとチカで強制給餌を開始し、以降、随時体重および体長の計測を行い、給餌量を調整した。体型の評価には稲垣らの報告(1994)を参考にした。121日齢からチカ1kgの自力摂餌を開始し、その後摂餌は安定した。375日齢でチカ約5kgを摂餌し、体長180cm、体重72kgに成長した。 体重変化および歯の萌出から強制給餌開始の検討は3ヵ月齢頃が適当であると考えられ、その後の給餌量に関しても有用な情報を得ることができた。 12.ラッコの胎盤剥離について:○吉田貴子、伊藤 修、中尾建子(アドベンチャーワールド) アドベンチャーワールドで飼育していたラッコEnhydra lutrisが妊娠したが、胎盤剥離にて2009年5月11日に母子共に死亡したため、その経過と剖検所見を報告する。 母獣の死亡時の年齢は13才11ヶ月、体重は26.6kgで、過去に6回の出産経験があり初産の際の死産を除いてはいずれも正常分娩であった。妊娠期間は平均197日、最長で201日であった。母獣は、最終交尾から202日目に突然食欲廃絶し、壁にもたれたりアクリル板を咬んだりする等の腹痛を思わせる行動が見られた。翌朝6時にはプールで眠っていたが、その約3時間後に開口呼吸が見られまもなく死亡した。 母獣の剖検所見として、左子宮角内胎子存在・多量の血餅貯留、心筋貧血、肺の虚脱、腸粘膜充血等が認められた。胎子は、頭胴長が43cm、体重が2.0kgで、胎盤剥離、血様腹水貯留が見られ、死後変化は認めなかった。病理組織検査では、母獣に肺胞中隔の線維化による無気。肺、心筋線維化、腎糸球体基底膜肥厚、脾細動脈変性が認められ、いずれも加齢性の変化と思われた。また、胎盤出血およびそれに伴う虚血性の変化と思われる胎子の腎尿細管急性壊死が認められた。。 胎盤出血および胎子に虚血性の変化が認められたことから胎子は胎盤剥離にて死亡したと考えられた。胎盤剥離の原因は不明だが、人では高齢出産や高血圧等がリスク因子として挙げられている。本症例では、加齢性変化が高度であったことから高齢出産が胎盤剥離の誘因となった可能性がある。ラッコでは無保定下での検査が難しく母獣と胎子の状態の把握が困難であるが、出産予定時期に過去の出産時にはなかった食欲廃絶が見られたことおよび母獣の年齢から、異常分娩の可能性を考慮し、保定下で採血や触診、体温測定等を行い、オキシトシン投与や帝王切開を検討すべきであった。 13.カマイルカに発生した豚丹毒菌による急性敗血症と疫学調査:○豊澤直子 1)、渡邊弘恭 2)、赤沼 保 3)、今真理子 2)、伊藤達志 1)、工藤秀仁 1)、田村 徹 1) (1) 青森県営浅虫水族館、2) 青森家畜保健衛生所、3) むつ家畜保他術生所)2008年5月に保護収容した野生のカマイルカ(Lagenorhynchus obliquidens)(雄、体長188cm、体重80kg)が2009年4月30日に死亡したため、病性鑑定を実施した。その結果、豚丹毒菌による敗血症と診断し分離菌の血清型別、同居イルカの抗体保有状況、環境中の菌分離を実施したのでその概要を報告する。 2009年4月27日、食欲廃絶及び39.0°Cの発熱症状を呈し、血液検査では白血球数が1500個/ulと著しく減少していた。このため、セファゾリン(5mg/kg/day、静日)、タウリン製剤(0。3ml/kg/day、筋注)による治療を行ったが症状の改善が認められず、4月30日に死亡した。解剖の結果、腎臓が全体に暗色化し、組織所見では球体毛細血管に多数の硝子様血栓形成が認められた。間学的検査では、心臓、腎臓、脾臓及び肝臓から豚丹時間が分離された。これらのことから、豚丹毒菌による急性敗血症と診断した。分離菌の血清型別では、2型と21型の両方の抗血清に反応がある稀な菌株であった。予防対策を検討するため、バンドウイルカ6頭とカマイルカ2の抗体保有状況を調査した。その結果、飼育期間がじい4頭は32倍以上の抗体価を保有し、2008年12月に職人された1頭と2009年5月に搬入された2頭では搬入後に抗体価の上昇(4→16倍、16→32倍:2頭)が認められた。さらに、飼育員の長靴、まな板、包丁、バケツ、「イルカ体表、プール壁の拭き取り材料、魚、餌バケツ水、ソール海水から豚丹毒菌分離を試みたが分離されなかった。今回の調査では魚や環境から豚丹毒菌は分離されなかったが、新たに搬入されたイルカでは搬入後に抗体価の上昇が認められ豚丹毒菌の常在化が考えられたことかし、魚の保管方法や環境の清浄性の維持に注意し、本菌の常在化を防ぐ必要があると考える。 14.ウミガラスおよびエトピリカにみられたヘモジデローシスの一例:○平治 隆 1)、中村千穂 1)、日比野麻衣 1)、和田新平 2)、梶ヶ谷博 3) (1) ふくしま海洋科学館、2) 日本獣医生命科学大学獣医学科魚病学教室、3) 日本獣医生命科学大学獣医保健看護学科保全生物学分野) ふくしま海洋科学館ではウミガラスUria aalge6羽トエトピリカLunda chirrhata7羽を飼育展示していたが、両種が同時期に1個体ずつ死亡しヘモジデローシスを呈していたので報告する。 2009年7月5日、ウミガラスの雄1個体の摂餌欲が低下し、眼を細め放心状態で起立していることが多くなり、外観からわかるほど削痩した。感染症を疑い7月7日より塩酸クロルテトラサイクリン50mgの投与を開始したが、翌朝死亡を確認した。7月14日17時頃、エトピリカの雌1個体が水面に浮かび死亡していた。死亡時の体重はウミガラス605g、エトピリカ605gであった。 ウミガラスの剖検結果は、重度の削痩、肝臓が暗赤色を呈し辺縁が鋭角化、胆嚢腫大、直腸発赤、直腸内糞便の細菌培養検査は陰性である。エトピリカの剖検結果は、削痩、肺鬱血、気嚢内海水貯留、肝臓は暗赤色を呈し、腎臓腫大し退色、胆嚢腫大、直腸発赤、腎臓をスタンプしギムザ染色するが細菌陰性、直腸内の糞便細菌培養検査も陰性であった。病理検査の結果、ウミガラス、エトピリカともに肝臓に多量のヘモジデリンの沈着を認め、心臓では心筋繊維の萎縮断裂があった。エトピリカはその他に腎臓内に寄生虫が存在、脾臓膵臓の境界線の不明瞭、膵臓のランゲルハンス島の増大がみられた。いずれの個体からも感染症を示唆する所見は得られなかった。双方ともにヘモジデローシスによる肝不全および心筋炎が死因であった。 ヘモジデローシスの原因として鉄の摂取過多か代謝異常による排出不良が考えられ、餌料の鉄分分析を行ったが鉄の過剰摂取は認められなかった。ラットではマグネシウム(Mg)欠乏による肝ヘモジデローシスが報告されており、餌料のMg含有量を計算すると死亡2ヶ月前から摂取量が急激に減っていたことから海鳥においてもMg欠乏により肝ヘモジデローシスを起こすことが推察される。 15.腸管クロストリジウム症を疑ったバンドウイルカの一例:○岩尾一、山際紀子、鶴巻博之(新潟市水族館マリンピア日本海) 腸管クロストリジウム症は、クロストリジウム属菌によって引き起こされる消化器疾患の総称である。鯨類の腸管クロストリジウム症は、国内では急性の死後判明例のみが報告されており、主な起因菌はClostridium perfringens(以下Cp)である(寺沢、2007)。Cpは腸管の常在菌であり、腸管クロストリジウム症の生前診断は困難である(Marks and Kather,2006)。当館で飼育しているバンドウイルカTursiops truncatusでの腸管クロストリジウム症の疑い例と、投薬介入後の経過を報告する。2009年4月5日(第1病日)、1頭のバンドウイルカ(雌:国内血統登録番号388、体長298cm、体重270kg)が早朝、クリーム色の粘稠便を排泄し、塗抹検査では便中には多数の白血球が出現した。その後、便の色調は緑褐色から山吹色まで変化し、便中に散発的にCp様のグラム陽性大型菌や白血球が少数出現(<5個/400倍1視野)するものの、体温、行動に異常を認めないため、経過観察を続けていたが、第18病日には多数のCp様菌体が出現し(>20個/1000倍1視野)、第20病日には黄色の粘稠便を排泄し、便中には白血球や赤血球の出現も認めた。異常便は腸管クロストリジウム症によるものと仮診断し、第20病日より、メトロニダゾール(以下MZ)(10mg/kg1日2回経口投与)の投与を開始すると、便性状が正常化したため、MZ投与は第30病日で終了した。しかし、第42病日に再度、粘稠便の排泄とCp様菌体の便中出現を認めたため、再発と判断し、第52病日までMZを投与した。その後、現在まで再発を認めていない。第20病日に採取した便からは、嫌気培養でCDが7日後に分離同定された。治療期間中を通じて、体温、行動、血液検査での異常は認めなかった。本症例は、培養同定と塗沫染色の結果、MZへの反応性から、Cpによる腸管クロストリジウム症であったと強く疑われ、便の顕微鏡検査が診断と治療評価に有効であったと考えられた。 16.スナメリの輸血療法における供血個体への影響:○進藤英朗、立川利幸、河村景子、榊 麻有、石橋敏章(下関市立しものせき水族館) 低蛋白血症の治療においてヒトおよび伴侶動物医療では輸血療法が行われているが、鯨類の輸血療法に関する手技および供血個体への影響に関する報告は極めて少ない。下関市立しものせき水族館において低蛋白血症の改善を目的とした輸血療法を実施した際、供血個体の身体一般状態および血液学的変化を指標に供血の影響について評価した。 供血個体は当館で飼育しているスナメリNeophocaena phocaenoidesの雄、国内登録番号68、体長166cm、体重53.5kgで、受血個体は同居しているスナメリの雌、国内登録番号84、体長126cm、体重27.5kgであった。交差適合試験、主試験、副試験および自己凝集試験を実施し、全ての検査結果が陰性であったため輸血療法を実施した。供血は2回実施し、2回目の供血は初回供血後3日目に実施した。供血個体からの採血は尾鰭の中心尾静脈に21G翼状針を留置し、抗凝固剤としてACD-A液(血液保存液A、テルモ)を添加したシリンジを用いて1回目は400ml(体重の0.7%)を106分、2回目は300ml(体重の0.5%)を40分で採取し、直ちに無菌的に500mlプラスチック製輸液ボトルに保存した。供血後、循環動態を維持するために低分子デキストランL注(大塚製薬)を1回目の供血では150mlを29分、また2回目の供血では200mlを27分で静脈内投与した。 供血個体においては大量の供血にもかかわらず摂餌量、トレーニング反応ともに異常は認められなかった。赤血球数は輸血直後約10%低下したが3ヶ月経過後には正常値に服した。生化学検査において、GOT、LDHなど幾つかの検査値では供血直後に軽度な変化を示したが、約1ヶ月後にはすべて復した。従って、体重53.5kgのスナメリにおいて700ml供血は許容できる供血量と考えられた。 17.カリフォルニアアシカの白内障手術の実施、並びに術前、術後の弁別刺激に対する正解率の比較について:○千賀勝之 1)、大池辰也 1)、島森麻衣 1)、松林真希 1)、山下 真 2)、池上千尋 2)、村田倫子 3) (1) 南知多ビーチランド、2) ファーブル動物病院、3) 麻布大学) 2009年10月12日、カリフォルニアアシカ(雌、推定24歳)の白内障手術を行った。症例個体は2003年10月に眼に白濁が確認された後、徐々に症状が進行し、ショー種目のサインに反応出来なくなったため2009年5月にショーから引退した。白内障の処置は、全身麻酔下で水晶体を袋ごと摘出する水晶体嚢内摘出術をおこなった。術後は終日陸上飼育とし、行動及び眼の様子を確認しながら、術後15日目からプールに入水可能な時間を徐々に与え、術後20日目からは終日入水可能な環境に戻した。術後管理として手術翌日からプレドニゾロン50mg/日、ドキシサイクリン400mg/日を経口投与し、オフロキサシン、ジクロフェナクナトリウム、プレドニゾロン、トルソラミドの点眼薬をそれぞれ1日4回行った。手術の効果を確認する為、術前、術後の弁別刺激に対する正解率を比較した。サインは混乱の起きやすい、軌跡が似ているものを排除し、左右の前肢上げと礼の3種目だけに限定した。1、2、3mと距離を変えてサインを出すこととし、人為的な偏りが生じないよう、種目、距離とも事前にくじで決定しておいた。1セッション40回の試行を、術前の10月5〜10日にかけて各日1セッション、術後は、通常飼育環境に戻した翌日の11月2〜4日にかけて各日1セッション行った結果、術前の、1mで正解80.7%、不正解10.8%、無反応8.4%(試行数83回、以下同様)、2mで24.4%、22.0%、53.7%(82回)、3mで2.7%、0.0%、97.3%(75回)に対し、術後は1m:48試行、2m:33試行、3m:39試行全てにおいて正解100%であった。 この個体は現在ショーに復帰し、再び活躍している。人工レンズを入れない水晶体嚢内摘出術でも、ショー復帰が可能なまでに視力が改善することが証明された。 18。オタリアの採尿トレーニングについて:大下 勲、○秋山大志、櫻木徹、森田成将(新江ノ島水族館) 新江ノ島水族館では、4頭のオタリア(Otaria flavescens)を飼育している。2005年からハズバンダリーによる体温測定を行っているが、うち1頭は、肛門から直腸にプローブを挿入する際に、排尿が時折見られた。そこで、ハズバンダリーによる採尿のトレーニングを開始した。 トレーニング対象個体は、1985年5月に搬入した雌個体(推定26歳、国内登録番号113)。採尿のトレーニングは2010年5月より開始した。試行回数は毎朝一回の予定だったが、条件付けの機会を増やす為に2010年6月より朝夕の二回とした。採取量は、簡易検査を行う為に10mL以上を目標とし、所要時間は一回の試行につき3〜5分程度、プローブの挿入回数は1〜2回とした。 トレーニングを開始した初期の段階では、排尿中に餌による独化を行うと、個体の意識が餌に集中してしまい、目標量の10mL以下で排尿が停止する事が多く見られた。その為、排尿中の強化はボイスによる二次性強化子に切り替え、魚による強化は排尿が止まってからとした。その後、試行回数が20回を過ぎた頃から、排尿中の点による強化も可能となった。刺激による排尿の生起確率を増やす為に、以後は二次性強化子と一次性強化子を同時に用いた。更に、通常与えていた魚の切り身の代わりに丸のままのサンマを与え、強化子の多様性を高めた。この結果、トレーニング開始直前は、排尿の生起確率が月30日の試行回数のうち2〜3回約10%であったのに対し、2010年8月末現在では約40%にまで向上した。採収まり一回当たり約100mL以上に達した。 ハズバンダリーによる採尿が可能となれば、尿検査によって病気の早期発見が期待出来る。また、この経緯をもとに他個体の採尿トレーニングに繋げる事が出来るものと考える。今後は排尿の弁別刺激をプローブ挿入からリインに移行すると共に、採尿の更なる安定化を目指していく。 19.バンドウイルカにおける新たなステイションの姿勢の購入と行動の多様化について:○河村景子、榊 麻有、立川利幸、石橋敏章(下関市立しものせき水族館) 下川市立しものせき水族館では、現在飼育しているバンドウイルカTursiops truncatusに対し、集中力を維持させることと演出効果を高めることを目的に、すでに完成しているトレーナーに正対したステイション(SS)およびその反対方向を向くステイション(FS)の2つの姿勢に、トレーナーから見て右横を向くステイション(RS)、左横を向くステイション(LS)を新たに加え、更なる行動の多様化を求めた。。 まずは、ターゲッティングによりRSとLSの行動形成および弁別の手順から実施し、姿勢の形成が目標行動の50%程度進んだ後、すでに形成されている行動を応用し、それぞれのステイションの姿勢に応じた行動との関連付けを開始した。この時、同じ弁別刺激の提示に対し、SSからはイルカは背上の行動を行い、FSからは腹上の行動、RSからは腹面をプールの外側(体側が上)にした行動、LSからは腹面をプールの内側(体側が上)にした行動を行うように設定した。また、プールの周回コースを時計周りと反時計周りの2つのコースを設けた。 対象とした7頭のバンドウイルカ(飼育年数4年〜14年)は、本トレーニングを開始してからおよそ半年のトレーニング期間で4つのステイションの姿勢を明瞭に弁別し、トレーナーから提示される弁別刺激に対して目標行動を自発するに至った。また、ステイションの姿勢と周回コースを組み合わせることにより、一つの行動に8つの変化が生まれ、弁別刺激を過度に増加することなく行動の多様化に成功した。今後は、複数頭の組み合わせでも実施し、更なる多様化を図っていきたい。 20.イロワケイルカの出産とその対策例について:福澤紘子、○神宮潤一(マリンピア松島水族館) マリンピア松島水族館でのイロワケイルカ(Cephalorhynchus commersonii)の繁殖例はこれまでに15回ある。通常、出産前には同居個体(特に成熟オス個体)の隔離、外部刺激(観覧面の人影等)の軽減を行ない、出産時には静かに見守ってきた。しかし、2010年6月20日の出産例では例外的な対策を実施したのでその概要と結果について出産経過とともに報告する。 母獣は19歳齢の繁殖個体(血統登録番号21)で、2008年の出産に続き今回が2回目の出産であった。前回は出産直後から子獣を沈め込む行動が頻発し、子獣が窒息死した。その原因として①固有の性格(神経過敏)、②初産、③外部刺激の軽減が不十分であったことが考えられた。そこで、今回は外部刺激を極力除き静かに見守ることを基本としたが、同様の問題行動が起きた場合には、逃避を促す嫌悪刺激(打撃音)を呈示して阻止する方針とした。過去の出産例での子獣の呼吸間隔を参照して、沈め込みの許容時間を9秒間と定め、問題行動が起きた際にはその経過時間を計測し、基準を超えた場合のみ阻止することとした。分娩は17時52分に子獣の尾鰭先端が出現して始まり、63分後に完了した。子獣は直ぐに 水面に到達し母獣が寄り添ったが、ほどなく頻繁な問題行動が出現したため基準を超えた時に即時に刺激を呈示した。その結果、母獣は瞬時に問題行動を中止し逃避反応を示した後に子獣に寄り添った。その後時間経過とともに問題行動は減少して消失し、出産後3時間08分後には授乳が確認された。今回の出産においても「沈め込み行動」が出現したが、その原因として母獣の経験不足に加えて固有の性格が大きく関与していると考えられた。嫌悪刺激の呈示による育子放棄や問題行動の増長も懸念されたが、母獣の逃避は一時的で育子行動は継続したことから、今回行った対策は結果的に有効と考えられる。現在、母子ともに経過は順調である。 21.バブルリングの発展的トレーニング:○吉野美香、森 陽子、三島有紀、足達浩司、大辻 功(島根県立しまね海洋館) 島根県立しまね海洋館では、2005年の春に、飼育しているシロイルカDelphinapterus leucasが口内に空気を入れ、水中にて口から空気のリング(バブルリング)を出している行動を確認した。この行動を水中パフォーマンスに取り入れる事で、普段目にする機会の少ないシロイルカの特徴の一つをより多くの人々に紹介できると考え、ブリッジ(陸上:笛、水中:声)と餌料を強化子としたオペラント条件付けによるトレーニングを開始した。 連続強化によるトレーニングは、1セッションあたり3〜5回の条件付けを1日1〜2セッション行い、1セッションの所要時間は10分程度であった。トレーナーのサインによりシロイルカがバブルリングを出す種目として完成するまでに約6ヶ月を要した。さらに、このバブルリングの発展形として連続リング、マジックリングのトレーニングを行った。 連続リングは、噴気孔から出る気泡を自ら吸い込んで、複数回のバブルリングを出す行動で、完成までに約3ヶ月を要した。マジックリングは、通常のバブルリングに噴気孔から出した気泡が取り込まれることによりリングをより大きくするものであるが、完成形としては、空気を口内に入れずにバブルリングを行い、見えないリングの水流に噴気孔から出す気泡が取り込まれることにより、突然水中にリングが現れるようにした。マジックリングの完成には約10ヶ月を要した。なお、バブルリング、連続リング、マジックリングはいずれも、最初はシロイルカが自発的に行った遊び行動である。 |