動物園水族館雑誌文献

第35回海獣技術者研究会

発行年・号 2011-52-01
文献名 第35回海獣技術者研究会
所属
執筆者 齋藤麻里子、野田瑞穂
ページ 16〜23
本文 第35回海獣技術者研究会
Ⅰ. 開催日時:平成21年11月25日(木)〜26日(金)
Ⅱ. 開催場所:大阪・海遊館、ホテル大阪ベイタワー
Ⅲ. 参加者:43園館76名、その他6名
Ⅳ. 発表:研究発表(口頭)10題、話題提供(口頭)5題
Ⅴ. 宿題調査:飼育下鰭脚類における餌料について(名古屋港水族館)
Ⅵ. 懇談事項:
1)次期宿題調査についてテーマ「鰭脚類における健康管理について」
(大阪・海遊館)
2)研究会事務局からの連絡
3)その他
Ⅶ. 次期開催地:
平成22年度島根県立しまね海洋館
平成23年度関東東北ブロック
Ⅷ. 施設見学:大阪・海遊館
Ⅸ. 海獣類トレーニングセミナー
1)講演1題 2)話題提供2題
第35回海獣技術者研究会発表演題および要旨
○は演者
〔研究発表・口頭〕
1. バンドウイルカの緑膿菌症について:○吉田貴子、前園優子、尾崎美樹、伊藤 修、米澤正夫、今津孝二(アドベンチャーワールド)
アドベンチャーワールドで飼育しているバンドウイルカTursiops truncatus(メス、推定年齢12歳、2002年搬入)が、2007年から現在に至るまで長期に渡って緑膿菌症に罹患しているが、抗生物質投与と並行してラクトフェリンの投与および噴気孔への抗生物質の噴霧を行うことによって、病態が変化したので報告する。
2007年4月から食欲が不安定になることが多く、体温の上昇および白血球数とフィブリノーゲン値の上昇を認めた。5月からは噴気孔内細菌検査において緑膿菌が検出されるようになったため、7月からピペラシリン(以下PIPC)(48mg/kg/day静注)の投与を開始した。投与開始時と終了時の白血球数とフィブリノーゲン値の平均はそれぞれ約25,200/μl・580mg/dl、9,520/μl・290mg/dlで平均32.5日間投与した並行してアミカシン(12mg/kg/day筋注、平均27日間)やホスホマイシン(48mg/kg/day経口、38日間)の投与、マクロライド長期投与療法(クラリスロマイシン、3.2mg/kg/day 経口、約16ヶ月間)を行ったが改善は認められなかった。しかし、2008年10月から免疫力の向上を目的としたラクトフェリン(1mg/kg/day経口)の投与と2009年1月からさらに噴気孔内へのPIPCの噴霧を開始したところ、それらの投与前後の6ヶ月間のうち体温が37°C以上であった日数が50日から17日に減少した。また、PIPCの注射期間も投与前は2ヶ月以上に及ぶことがあったが投与後は最長でも35日に減少した。
本症例の個体は単独飼育により外的刺激が少ないことや持続的な治療が、ストレスとなっている可能性がある。また、病巣部位が明らかになればより明確な治療ができるため、今後はストレスの軽減と病巣部位の確定をし、緑膿菌が耐性を獲得する前に治癒させることを目指したい。

2.カリフォルニアアシカに見られた歯牙疾患について:○多田佳奈世、堀井ひとみ、北原 融(よみうりランドアシカ館)
よみうりランドアシカ館で飼育しているカリフォルニアアシカ(Zalophus californianus、1989年6月26日生、性別:オス)に見られた歯牙疾患の加療経過について報告する。
当該個体は1989年12月に搬入した個体で、舎内のコンクリートや鉄柵を噛む、歯を打合わせるなど悪癖により1990年6月から歯の削れや傷による出血、化膿が認められたため抗生剤投与を行ったが、状況は改善されず進行を認めたため以下の手術を行った。
1995年11月に左下顎犬歯歯髄腔の化膿、歯髄腔からの感染による下顎のフレグモーネの治療及び咬傷防止を目的とした犬歯先端の成形を行った。当初の目的は達成したが術後も悪癖は治まらず患部が拡大したため、1996年8月に左下の犬歯及び第1〜2頬歯を抜歯。1997年1月に右下の犬歯及び第1〜3頬歯を抜歯。1997年6月には上顎の歯が下顎の抜歯跡を傷つけないよう平行に削った。4度に渡り手術・抗生剤投与などの加療を繰り返したが、治癒することなく骨の痩削による下顎の変形を伴うまでになった。その後レントゲン検査により顎骨の状態を調べたところ、手術をしてもこれ以上の改善は見込めないと診断された。
症状の進行を遅らせようと物を銜えさせないようにしたが、歯茎の痩せが顕著に現れたので、現在は積極的に魚を噛ませたり、抜歯跡への負担が少ない小道具を作り、それを銜える種目をショーに取り入れトレーニングを行うなど顎の力が衰えないよう工夫をしている。淡水プールでの単独飼育であるため、トレーニング場を開放するなど生活に変化をもたらすことで悪癖を減らすようにもしているが、現在も症状は進行しており塩水浴・患部の消毒などの対症療法を継続している。

3.超音波画像診断によるスナメリ精巣の季節変動モニターについて:藤丸郁 1)、○塚田仁次 1)、船坂徳子 2)、吉岡 基 2)
(1) 海の中道海洋生態科学館、2) 三重大学大学院生物資源学研究科)
飼育イルカにおけるオスの精巣活動の周期を知ることは、飼育管理面だけでなく、将来的な人工繁殖を視野に入れた精液採取のためにも重要である。海の中道海洋生態科学館では、飼育下におけるスナメリの精子形成時期の推定のために、血中のテストステロン濃度を測定してきた。しかし、頻繁に血液を採取することは負担も大きいため、より簡便な方法として、超音波画像診断装置(以下エコー)により精巣の大きさをモニターすることで、精巣活動の周期を調べることを目的とした。
研究対象としたのは、体長153cm、推定10歳(2007年当時)のオス1個体で、2007年4月から2008年10月まで、2週間毎に陸上で保定し、エコー画像の確認と採血を同時に行い、左精巣の特定位置断面積の計測とEIA法による血中テストステロン濃度の測定を行った。使用した超音波画像診断装置はALOKASSD-900で、計測部位は尾ビレ付け根より55.0cmとした。また、2008年1月からは、エコー画像で確認した精巣の最大部の断面積も合わせて計測した。合計測を行った結果、精巣の特定位置断面積は、2007年は6月7日に45.97㎠で最大となり、12月6日に3.61㎠で最小となった。2008年は6月19日に26.48㎠で最大となり、9月11日に4。44cm2で最小となった。テストステロン濃度は、2007年は5月10日に55.6ng/mlで最大となり、9月13日に0.2ng/mlで最小となった。2008年は5月22日に98.5ng/mlで最大となり、10月9日に0.2ng/mlで最小となった。精巣最大部の断面積も同様な増減が見られた。精巣断面積と血中テストステロン濃度の変化には、ホルモン濃度のピークから2週間〜4週間遅れて断面積のピークがみられ、エコー画像診断により精巣活動の周期が把握できるともに、当該個体の精子形成時期は、春から夏と推定された。

4.ペンギン類における体温測定機能付きマイクロチップによる体温測定の有効性について:○伊東隆臣、伊藤このみ、林 成幸(大阪・海遊館)
【目的】大阪・海遊館で飼育しているオウサマペンギン、ジェンツーペンギン、イワトビペンギンに対して、体温測定機能付きマイクロチップ(ライフチップバイオサーモ、デストロンフィアリング社製、以下MC)を用いた皮下温度(SCT)及び筋層内温度(IMT)測定の有効性を検討した。【実験】1MC挿入後の体温変動:MC挿入後14日間測定し、挿入による炎症の影響を調べた。2測定時刻による影響:1日3回(8:30、13:00、16:30)、SCT、IMT、総排泄腔内温度(CT:鳥類における体温測定での常法として)、食道内温度(ET:深部体温として)を測定し日内変動を調べた。3物理的保定の影響:保定前後でSCTとIMTを測定し、保定による影響を調べた。4環境温度の影響:気温を変えて(20°C〜4°C)、SCT、IMT、CT、ETを測定し、周囲の温度による影響を調べた。5SCT、IMT、CT、ETの相関性:全データの相関関係の強さを調べた。
【結果】①全種において、挿入してからの日数と各温度間に有意な相関関係は認められず(P<0.05)、MC挿入による炎症の影響はないと考えられた。②オウサマペンギンではIMT、ジェンツーペンギンではSCTとET、イワトビペンギンではSCT、IMTにおいて有意な違いが認められた(P<0.05)。③全種のSCTとIMTにおいて、保定後は保定前より有意に高く(P<0.05)、保定のストレスの影響が体温に現れていた。④オウサマペンギンとジェンツーペンギンのSCTとIMT、及びイワトビペンギンのSCTにおいて、高い環境温度では有意に高く(P<0.05)、またCTとETも環境温度と相関している傾向が認められた。⑤ジェンツーペンギンとイワトビペンギンのSCT、IMT、CT、及びオウサマペンギンのIMTとCTは、ETとの間に有意(P<0.05)な相関関係が認められた。以上の結果より日常の健康管理としてMCによる体温測定は有効だと考えられた。

5.五島列島で保護されたスナメリとその系群解析について:岩田知彦 1)、○野間郁子 1)、吉田英可 2)
(1) 海の中道海洋生態科学館、2) 独立行政法人遠洋水産研究所)
スナメリは、仙台湾〜東京湾、伊勢湾・三河湾、瀬戸内海〜響灘、有明海・橘湾、大村湾に分布しており、遺伝学的にも分布域間の交流が乏しいことが示唆されており、日本では5つの系群に分けられている。今回、本来の分布域ではない長崎県五島列島にてスナメリが混獲されたので、系群を調べるためにミトコンドリアDNA(以下mtDNA)塩基配列の解読を試みた。当該個体は2009年1月4日に長崎県上五島町青方沖の定置網に迷入し、海面生簀に収容され、翌5日に海の中道海洋生態科学館予備水槽に保護収容した。オスで搬入時の体長は120.0cm、体重は22.1kgであった。保護時、エボシフジツボが両胸鰭に17個体、尾鰭外縁部に115個体付着していたため、搬入時に、全て取り除き、その後付着部位は治癒した7月17日に展示プールにて、他個体と同居の上展示を開始した。9月24日には体長126.0cm、体重29.3kgに成育している。
mtDNA塩基配列の解読は、擦り取った表皮を凍結保存し、独立行政法人遠洋水産研究所にて行なった。系群を調べるため、mtDNAコントロール領域の720塩基を読み取り、既知の配列と比較した。まず、瀬戸内海〜九州産のスナメリ3系郡103個体に対し345塩基を読み取った結果(Yoshidaetal,2001)と比較したところ、見出された7種の塩基配列とは完全に一致せず、それぞれ1〜4個の塩基が置き換わっていた。次に、黄海から、揚子江、南シナ海にかけて得られた中国産スナメリ73個体に対する720塩基の解読結果(Yangetal.,2002)と比較したところ、認められた17種の配列とは一致しなかったが、うち3種とは1塩基のみが置き換わっていた。塩基の置換数と地理的距離との間に明確な関係は認められなかった。系群は特定できなかったが、今回保護収容したスナメリは、中国沿岸から来遊した可能性もある。

6.バンドウイルカの胴周囲長と体重との相関:○小林 稔、鶴巻博之、松本輝代、村井扶美佳、山際紀子、加藤治彦(新潟市水族館マリンピア日本海)
飼育動物の体重の増減は成長状態の把握ばかりでなく餌料からの摂取熱量が適切かどうかの指標として有用である。鳥羽山ら(1989)は、体重と背鰭前方の胴周囲長及び体長の相関式を示しているが、体長は測定誤差が大きいという難点がある。新潟市水族館ではハクジラ亜目の身体測定の一部として4箇所の胴周囲長を測定しているが、胴周囲長と体重には正の相関があると予見されるため、調査した。
調査には飼育下のバンドウイルカ5頭(野生由来、雌、飼育年数9〜19年、個体略号C、K、Y、R、A)を用いた。週1回の頻度でバースケール体重計に上陸させ体重を測定し、あわせて上陸伏臥姿勢及び上陸側臥姿勢をとらせ、メジャーを用いて胸鰭基部後方(G1)、背鰭基部前方(G2)、生殖溝直前(G3)、肛門上(G4)の胴周囲を測定した。
個体毎の各部周囲長と体重の相関を調査した結果、CはG1、KとYはG2、RはG3、AはG4と体重の相関が最も強く、体重は胴の特定部位の周囲長と必ずしも相関が
強いとは言えない結果が得られた。単独の周囲長で最も体重との相関が強かった相関係数(r)の範囲は0.71〜0.86であった。一方体重と4箇所の測定値の和の間には全個体で強い相関がみられ、rの範囲は0.86〜0.99であった。この結果から、全個体の体重と周囲長の和の関係式を算出し、以下の数式を得た。W=1.336Gs=400.8(W:#1(kg)、Gs=G1+G2+G3+G4:各部周囲長の和(cm))r=0.93
本調査ではバンドウイルカの体型が個体毎に異なるという結果が得られたが、4箇所の胴周囲長を測定し体型の個体差を補正することにより精度の高い体重推定が可能なことが明らかとなった。得られた関係式はストランディング個体や体重測定ができない場合に適用可能と思われる。

7.飽食給餌によるカリフォルニアアシカの吐き戻し行1動の抑制:勝俣浩、○杉下範洋、中野良昭、荒井一利(鴨川シーワールド)
鴨川シーワールドで飼育中のカリフォルニアアシカ(Zalophus californianus、性別:メス、国内登録番号:501)で2002年8月に「吐き戻し行動」が確認された。当該個体は、パフォーマンス実施個体で、餌料種の変更、腸管機能改善薬の投与、収容施設の変更などの対応をしたが効果が認められず、2003年2月にパフォーマンスへの出場を断念し、本行動の抑制をめざし飽食給餌による対応を開始した。実施した給餌方法は、飽食3回給餌、飽食2回給餌、飽食1回給餌、定量給餌と飽食給餌各1回の組み合わせ、定量2回給餌(通常の給餌方法)の5通りで、吐き戻し行動の発現状況にあわせて方法を変更した。また、あわせて餌止めも随時おこなった。集計期間中の吐き戻し頻度は、対応前(2002年8月〜2003年2月)の63。0%(121日/192日)から19.6%(403日/2,057日)に減少した。最も抑制効果が高かった給餌方法は、飽食3回給餌で(平均摂餌量、吐き戻し頻度:9.1kg、0.0%)、次いで飽食2回給餌(10.9kg、3.6%)、定量・飽食給餌組み合わせ(9.1kg、5.8%)、定量給餌(6.8kg、15.2%)、飽食1回給餌(7.6kg、27.5%)の順となり、給餌方法別の平均摂餌量と吐き戻し頻度との間には負の相関が認められた(r=−0.71)。しかし、1回の給餌あたりの平均摂餌量と吐き戻し頻度との間では反対に正の相関が認められ(r=0.70)、摂餌量の増大ではなく、給餌回数の増加をともなう飽食状態の維持が抑制効果として作用していることが示唆された。ただし、多回数飽食給餌は健康管理上、必ずしも適切な給餌方法とはいえないため、状況に合わせて給餌方法を複合的に用い、吐き戻し行動をある程度の発現頻度に抑制していくことが、妥当な対処方法と考えられた。

8.セイウチにおける異常分娩の一例:大池辰也、村上勝志、○中田咲希、杉村亮、染川弘美、内田真由美、長谷川修平(南知多ビーチランド)
南知多ビーチランドでは1998年9月25日に搬入した雌のセイウチ(Odobenus rosmarus)が、2009年6月に初めて出産した。本出産は正常出産ではなく胎仔はすでに死亡していたが、その経緯を報告する。
本個体は2003年に搬入した雄個体(1997年5月27日生)と屋内施設(陸上面積90㎡、水量120㎥)で同居飼育しており、2008年4月20日に初めて交尾を2回確認した。翌5月より出産までの1年間、月1回血中プロゲステロンを測定したところ、3.9〜14.8ng/mlと推移し、2008年11月に最高値となった。。
2009年3月より出産までの間、雄個体を別のプールに隔離し、本個体は単独飼育とした。同年6月11日より食欲が減退し、翌12日朝から食欲廃絶となり、射乳を確認した。昼より外陰部から胎胞を認め、前肢で腹部を押さえる・地面を押し踏ん張る・吠えるなどの陣痛と思われる動きを4時間おきに3回確認したが、以後、その動きはなくなった。本個体の健康を優先する為、14日子宮収縮剤(オキシトシン計5回、750単位)を筋注したが、15日朝、生殖孔より多量の出血と共に胎仔の右後肢が娩出されたのみであった。そこで、本個体を予備室(幅2.08m〜3.15m)に収容し、胎仔を取り出すこととした。産道と胎仔の隙間にサラダ油を塗り、布製のベルトを始仔の右後肢に巻きつけ、柱に固定した荷締機で引き合い胎盤と共に胎仔を取り出したがすでに死亡していた。
胎仔の性別は雄で、腐敗が進行していた。体長は142cm、体重は78kgであった。なお、妊娠期間は最後に交尾を確認した日から407日であった。

9.マダライルカの初期馴致と飼育経過:○稲森大樹 1)、桐畑哲雄 2)、阪本信二 1)、澤 修作 1)、丹羽正友樹 1)、熊谷 恵 1)、白水 博 1)
(1) 太地町立くじらの博物館、2) 鴨川シーワールド)
マダライルカStenella attenuataは和歌山県太地町で行われる追込み漁の対象種であり、捕獲枠は年間400頭であるが、飼育例は極めて少なく、ほとんど展示されることの無い種となっている。太地町立くじらの博物館では本種の飼育を試み、1年が経過したので得られた知見を報告する。飼育個体は2008年9月22日に追込み漁で捕獲された
175頭の中より選別した4頭のうちの3頭(個体番号「E-1」BL:167cm、「E-2」169cm♀、「E-3」174㎠)である。翌日の選別後、簡易ベッド式の陸送により開放式の屋外簡易水槽(8φ×1m、水量50㎥)に搬入し、23日後には閉鎖循環式の屋内水槽(4×7×1.4m、33㎥)に移動した。さらに109日後に水槽の拡張工事のため開放式の屋外水槽(6×13×2.5m、130㎥)に移動し、32日後に工事が終了した屋内水槽(4×7×1.7m、55㎥)にて「E-2」「E-3」を飼育展示し、「E-1」は訓練のため本水槽にて単独飼育を行った。スジイルカStenella coeruleoalba1〜3頭を一時的に同居させた以外は他種との混養はせず、期間中の水温は13.0〜28.2°Cであった。選別場から放池に至る陸送時間は約3分間であったが、4頭共に放池するまで呼吸が見られず、放池時1個体は死亡した。餌料は主にサバ、サンマ、ホッケを使用し、搬入日より強制給餌を行い8日後には全頭自力摂餌を開始した。「E-2」「E-3」は屋内型水槽に移動後、摂餌が不安定となり、再度強制給餌や補液等の処置を約1ヶ月行った。また、単独飼育を行った「E-1」についても一時的に摂餌意欲や活発性の低下が見られた。摂餌安定後の体重当たりの給餌率は7.5〜11.5%で食欲、肥満状況等により適宜増減した。以上の飼育経過から、本種の飼育には輸送時のショック状態の緩和及び飼育施設の変更に伴う摂餌不安定が課題と考えられた。2009年10月15日現在、飼育日数は388日で、3頭共に飼育は安定し訓練も順調である。

10.槽内繁殖アメリカマナティーの成長について:○小野英彦、宮原弘和、内田詮三(沖縄美ら海水族館)
沖縄美ら海水族館では2001年10月にアメリカマナティーTrichechus manatusが繁殖し、約8年が経過した。繁殖個体の出生時推定体長は115cm、推定体重は25kgであり、2009年9月現在、体長282cm、体重571kgに成長した。飼育環境は室温(°C)27.8±1.9(S.D.)、水温(°C)31.4±0.2(S.D.)、湿度(%)85.5+4(S.D.)、換水率24ターン/日、飼育水槽は8.0×10.8×3m(250m)であった。本個体は1978年の搬入個体、1990年の繁殖個体等と比較して肥満気味であると判断し、2007年6月より長期的な健康管理のため餌料種や給餌量の調整を行った。調整は、体重体長相関曲線から目標値、正常範囲を試算、一定給餌量あたりの月体重増加量を把握し、血液生化学検査により健康状態を確認しながら給餌量を減量した。2007年6月より2009年1月までの567日間の給餌量の減量により、減量開始前は4kg/月の体重増であったが減量開始後は平均2.8kg/月の体重減となった。給率(日給餌量/体重×100)3.11〜3.35%で1.5年継続しても血液検査の結果から健康状態に悪影響を与えないことが判明した。体重維持給餌率は3.45%と推測され、鳥羽山ら(1973)による飼育下バンドウイルカTursiops gilliの体重維持給餌率3.54〜6.08%と比較すると低い値となった。他の飼育個体についても定期的な体重、体長測定により給餌量あたりの体重増加率と体重と体長の相関曲線を求め、餌料種や給餌量の調整を行った。当館での飼育データ等をもとに、アメリカマナティーの体重体長相関曲線を求めたところ雌個体Y=0.00001X3142(Y=体長、X=体重)、雄個体Y=0.00004X2819となった。雌個体は雄個体より体重が有意に重く、体長170cmを超えると雌雄差が広がる傾向が見られた

【話題提供・口頭〕
1.尾柄部が彎曲して生まれたバンドウイルカの紹介:○久保信隆 1)、大塚美加 1)、佐々木恭子 1)、鯉江 洋 2)
(1) かごしま水族館、2) 日本大学)
2008年12月11日にかごしま水族館においては初めてのバンドウイルカTursiops truncatusの出産を経験した。母獣(国内血統登録番号940)、父獣(国内血統登録番号634)ともにかごしま水族館に搬入後、初めての繁殖であった。交尾は2007年11月11日に観察され、それ以降、出産までの期間に血中プロゲステロン濃度の値は高値を維持した。また、超音波診断でも胎児が確認されたため妊娠を確定した。母獣の直腸温の測定は受診動作により毎朝行った。母獣の行動は収容プールのアクリル製ガラスの水中観察窓から目視観察した。
母獣は分娩5日前から直腸温が平常時の体温36.5°Cより0.5°C低下し、分娩49時間前には更に0.5°C低下して35.5°Cとなった。分娩2日前からは食欲不振となった。分娩5時間前に破水が確認され、尾鰭娩出から分娩までの時間は63分であった。尾鰭娩出時に、仔獣の尾柄部は左体側に彎曲していることが確認された。分娩3分後、仔獣は遊泳することが出来ずに溺死した。後産は分娩の5時間38分後に娩出され、胎盤重量は3,640gであった。
溺死した仔獣の性別はオスで体長116cm、体重23.1kgであった。死体は冷凍保管後、彎曲した尾柄部を調べるためCT検査を行った。その結果、骨の位置や形状は正常であったが、彎曲した尾柄部の皮膚は拘縮していた。バンドウイルカの胎児は成長するにつれて子宮内で背鰭の後ろで彎曲することが一般的であるが、本個体は何らかの原因により子宮内で長期間尾鰭に近い尾柄部が彎曲した状態となり、その皮膚が拘縮したため正常に遊泳できずに溺死したと思われた。また、解剖の結果、腸の壊死をともなう重度の臍ヘルニアも確認された。

2.バンドウイルカの船舶輸送について:○平子 健 1)、鈴木美和 2)、徳武浩司 1)、柳沢牧央 1)、内田詮三 1)
(1) 沖縄美ら海水族館、2) 日本大学)
沖縄美ら海水族館では、これまで県外輸送は、旅客機の貨物室で実施してきたが、国際航空運送協会のLive Animals Regulationsにより貨物機以外での航空機輸送が困難となったため、2009年2月10日の和歌山県太地町からのバンドウイルカTursiops truncatus2頭(雌:体長276cm体重298kg雄:体長304cm体重323kg)の輸送を、トラックによる陸上輸送と船舶による海上輸送で行った。陸上輸送は、10tトラック、海上輸送は、RORO船(船名:しゅり、総トン数:9,813t)を使用し、太地町から大阪南港間と沖縄本島内はトラック輸送、大阪南港から沖縄本島間は船舶輸送で行った。総輸送時間は47時間(トラック輸送11時間、船舶輸送36時間)輸送距離は1,526km(トラック輸送293km、船舶輸送1,233km)であった輸送中のトラック内室温(°C)19.4±2.8(S。D)、水温(°C)19.1±2.2(S.D)、湿度(%)78.5+6.8(S.D)であった。輸送中の平均呼吸数(回/分±SD)雌:2.4±1.6、雄:1.6±0.9、平均心拍数(回/分+SD)雌:51.5+14、雄:50±6.5であった。輸送が個体に与える影響を評価するため、ストレスの指標となる血清コルチゾル濃度(単位:ng/ml)を測定した結果、取り上げ直後、雌:81.9、雄:133.5南港までの陸上輸送終了時に雌:120.8、雄:168.8で最高値を示したが、船舶輸送中は、雌:34.4、雄:73.4まで低下し、水族館到着時には雌:31.8、雄:53.2であった。陸上、船舶いずれの輸送においてもコルチゾル濃度は平常時6-36(鈴木ほか、2001)の濃度と比べて高く、個体にストレスがかかっていたと考えられるが、船舶輸送中の濃度は比較的安定していたことから、鯨類の長距離輸送手段として船舶輸送が有効である可能性が示された。

3.セイウチの音声弁別行動について:川口直樹、○芦刈治将、片岡 歩、野口さより(鳥羽水族館)
【目的】鳥羽水族館では、2005年12月よりセイウチOdobenus rosmarusを飼育している。搬入直後より、受診動作を含め、トレーニング時に、弁別刺激としてハンドサインと音声を同時に使用していたが、2007年3月、雄個体(4歳、国内血統登録番号51)に、音声刺激のみで、その目的の行動を示す反応が見られた。トレーナーの発する音声を識別し、それぞれの音に対応する行動を示すことを理解していると推察されたため、陸でのセイウチの音声識別能力について、以下の実験を試みた。
【方法】識別していると思われる約20種類の音声の中から、対応する行動が確認しやすい10種類を選んだ。そして、男性2名(A・B)、女性2名(C・D)のトレーナーが、その音声を無作為に発し、音声刺激のみの呈示に対して発現する行動の正解率を調べた。試行回数は、トレーナー1名あたり、1セットにつき10種類の音声を各1回ずつ、10セットの合計100試行とした。
【結果】供試個体はトレーナーの発した10種類の音声に対して、トレーナーAで96%、Bで84%、Cで98%、Dで86%という高い正解率を示した。4名の合計400試行での正解率は91%となり、音声刺激のみで、それぞれの音に対応する行動を正確に示しているといえる結果が得られた。雄個体は現時点で20種類の音声刺激を識別可能である。現在は、この音声識別能力をショーや受診動作にも活用している音声による弁別刺激の利用は、視力低下個体の受診動作にも有効な手法と考えられる。

4.歯科用印象材を用いたセイウチ上顎犬歯(牙)のレプリカ作製について:○澤田達雄 1)、松野加代子 1)、濱田泰典 1)、田中 平 1)、河野俊夫 2)
(1) 大分マリーンパレス水族館「うみたまご」、2) 多賀歯科医院)
大分マリーンパレス水族館「うみたまご」では、現在5頭のタイヘイヨウセイウチOdobenus rosmarus divergensを飼育している。このうち2頭は歯髄炎を発症し、2004年に抜歯を経験している。セイウチを飼育するうえで、歯髄炎の予防は避けて通れない大きな課題である。しかし、セイウチのチに関する知見は乏しい。そこで本件では歯科用印象材を用いてセイウチの牙を印象採得し、レプリカを作製することで資料の収集を試みレプリカ作製に供した個体は2005年搬入の2個体(個体名:温、雄、体長240cm、体重520kg、個体名:泉、体長200cm、体重280kg)を対象とした。印象採得の為の印象材には歯科用アルギン酸塩印象材:アルフレックスダストフリー(株式会社ニッシン)を使用し、レプリカ作製の為の石膏には、歯科用硬質石膏:ニューダイヤストーン(株式会社菱化デンタル)を使用した。印象材トレーには外径38mm、内径31mmの硬質塩化ビニール製パイプにキャップをして用い、牙の長さ、形に合わせ作製した。印象材は水で練和し、トレー内に流し込みエアーを抜いた。口腔内では1分30秒以上保持し、硬化の度合を確認しながら抜き取った。流水で洗浄した後、水で練和した歯科用硬質石膏を流し込みレプリカを作製した。
2008年1月から受診動作訓練を行い、同年2月に雄個体で初めてチのレプリカを作製した。また2009年9月までに、2個体左右合わせて58本のレプリカを作製した。計測の結果、牙の長さについては、摩耗の為に正確な成長を確認することはできなかった。太さについては口蓋歯頚部歯肉縁を基準に計測した近遠心径、唇口蓋径及びその周囲において順調な成長を確認した。

5.シワハイルカの飼育経過について:○大城善人、宮原弘和、内田詮三(沖縄美ら海水族館)
2008年12月13日、沖縄県読谷村の定置網(26°21'N、127°47'E、水温24.1°C、距岸2km)でシワハイルカStenobredanensisが2頭混獲され(個体番号No。4:雌229cm、107kg、個体番号No.5:雄220cm、102kg)、確認の結果、緊急保護として沖縄美ら海水族館に搬入した。取り上げからプール収容までに要した時間は2時間40分であった(うち海上輸送時間22分、輸送距離3km、陸上輸送時間93分、距離65km)。取り上げ後の体温は、No.4:37.4°C、No.5:36.2°C、呼吸/分・心拍数/分は、No.4:2・74、No.5:3・76であった。輸送開始30分後は、No.4:3.72、No.5:266、60分後は、No.4:376、No.5:2・80であった。水族館到着時は、No.4:2・80、No.5:2・62であった。収容施設は、予備プール(直径15m/水深3m/水量500㎥)を使用した、収容後、No.4は自力遊泳できず係員の補助により尾鰭を動かしながら馴致を行い30分後には遊泳しはじめた。No.5は直ちに遊泳を開始した。遊泳開始後は2頭並泳がみられ満水後には浮き動作が多く認められた。飼育2日目には投餌(マアジ等)への反応を示し、3日目には投餌での摂餌がみられ、ホイッスル条件付けは13日目から開始した。17日目にはプールサイドからの手からの給餌が可能となり、21日目から調教を開始した。種目完成までの/総回数/総時間(分)は、No.4:ツイスト/129/387、回転/71/213、拍手/41/123、握手135/105、仰臥静止姿勢/71/213、尾鰭持ち/30/90、No.5:ツイスト/131/393、回転/19/57、拍手/19/48、ハイジャンプ/85/255であった。搬入日より2009年8月31日までの平均飼育水温は、25.4°C、最低21.3°C、最高30.0°Cであった。2009年9月13日現在の体重(kg)は、No.4:98、No.5:103であった。

〔海獣類トレーニングセミナー講演〕
バンドウイルカも錯覚を起こす:東海大学村山司イルカはヒトと同じような錯視を起こすのかについて、エビングハウス錯視を対象として検証した。実験は伊豆・三津シーパラダイス(静岡県沼津市)で飼育されている健康なオスのバンドウイルカ(Tursiops truncatus)1個体と、健常なヒト10名を用いて行なった。
まずバンドウイルカに対して、2者択一によって直径の異なる2つの黒円のうち大きいほうの円を選択することを学習させた安定して高い正解率が維持されるようになった時点で、さまざまに面積の異なる三角形、正方形長方形、ひし形、異なる二つの図形の組み合わせを呈示した。その結果、いずれの図形についても、より面積の大きな図形のほうを選択した。このことから、被験体は形態について相対的な大小関係(すなわち「より大きい」という関係)を認識できたと考えられる。
次いで、黒円の周囲に複数の白円を配置した図形を呈示し、周囲の白円の数や並び方、大きさに関係なく、中央の黒円が大きいほうを選択するように訓練した。この条件付けが完成した時点でプローブ試行としてエビングハウス錯視図形を呈示し、被験体がどちらの図形を選択するか調べた。その結果、被験体は有意に「周囲を小さな白円が囲んでいる黒円」(図のa)のほうを選択した。このとき、プローブ試行は全消去と全強化の2つの強化方法で行ったが、全消去の場合には、途中から集中力の欠如したような行動が見られた。
一方、ヒトに対しては、被験者1名につき1試行ずつエビングハウス錯視図形を呈示して、どちらの黒円が大きく見えるか、口頭で答えさせた。その結果、10名とも周囲を小さな白円が囲んでいる黒円(図のa)のほうを選択した。
以上のことから、エビングハウス錯視について、イルカもヒトと同じような錯視をしていることが明らかとなり、視覚による認識が両者で共通していることが示唆された。

*エビングハウス錯視図形

〔海獣類トレーニングセミナー話題提供〕
1.カリフォルニアアシカの水中ショーの維持継続について:○藤原克則、福元淳、松本裕子、浅川 弘(下田海中水族館)
下田海中水族館では、1990年よりカリフォルニアアシカ(Zalophus californianus)の水中ショーを行っている。小型空気ボンベを使用し、アシカと共に水中へ入り人間とのふれあいを演出したショーで、従来のアシカショーとは違うイメージで大変好評を得ている。開始当初は限られたトレーナーしかショーを行えず、またショー参加個体が1頭だった事もあり、安定したショーの運営が出来なかった。そこで、水中ショーの安定運営を目的として、トレーナートレーニングと後継個体のトレーニングを進めてきた。
トレーナートレーニングでは水中種目のイメージトレーニングを十分に行った後に動物を使用している。また、水中でアシカの攻撃的な行動を発現させない為に、陸上で十分なトレーニングを行い、個体との信頼関係を構築する必要がある。現在までに計9名のトレーナーが水中ショーに出場している。後継個体のトレーニングは、2007年7月より12才のメスのカリフォルニアアシカで開始した。トレーニングプールにて、トレーナーと一緒に水に入る事と潜水器具に慣れさせた後にショープールへ移りトレーニングを進めた。当初は、水中に餌を携行し連続強化を実施していたが、ショーの流れが完成すると共に間欠強化へ移行し、水中での餌をなくしていった。トレーニング開始から約10ヵ月と十分な時間をかけ、ショー出場した。
水中ショー可能個体を2頭とした事、複数のトレーナーがショーへ出場した事により年間を通し、安定して水中ショーを運営する事が可能となった。水中ショーを行っていく為の調教方法が特別あるわけではなく、アシカとの信頼関係が構築されてさえいれば、その基本は、陸上の調教方法と何ら変わりはないと考える。

2.トラフザメにおけるtonic immobilityおよび採血のためのハズバンダリートレーニングについて:○竹内 慧、伊東隆臣、北谷佳万(大阪・海遊館)
大阪・海遊館では、飼育下板鰓類の健康管理および生理学的データ収集のために採血を行っている。しかし、当館の大水槽で飼育している特定の個体を選び出して捕獲することは困難を伴う。また大型種においては、陸上に上げて物理的保定を行うことは動物・飼育者共に危険を伴う。そこで、当館で飼育しているトラフザメに対して、陸揚げや強制的な拘束によるストレス下での採血で、はなく、ハズバンダリートレーニングでの採血を試みてこれに成功した。
太平洋水槽(5,400㎥)の一区画(約1,000㎥)で飼育しているトラフザメ(雄、TL200cm)に対して、ターゲットトレーニングおよび手の接触に対する脱感作を行った。十分に接近でき接触刺激を許容できるようになってから、手で仰臥位に保持してtonic immobilityを誘発させ、尾静脈から採血を行った。しかし、大型個体に対してtonic immobilityを誘発させることは人的負担が大きく、またトラフザメを仰臥位に物理的保定するときに受傷させてしまう危険性が残った。そこで次に、予備水槽で飼育しているトラフザメ(雌、TL150cm)に対して、水面近くでの手の接触に対する脱感作を行った後、手で仰臥位姿勢に誘導して、その姿勢のままで安定して摂餌出来るようになるまで徹底的に脱感作を施すことにより、tonic immobilityを誘発させなくても、20Gカテラン針を用いた尾柄腹側からの尾静脈採血を実施出来るようになった。
今回のトレーニングによって採血は可能となったが、現時点では特定の弁別刺激(SD)によって、トラフザメが採血の為の姿勢を取り、これを維持するまでには至っていない。今後の目標は、さらにトレーニングを進め、特定のSDによるコントロール下で採血が行えるようにすることである。

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